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カテゴリー: 基礎薬学  |  臨床薬学

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薬学と倫理

薬剤師に求められる生命倫理・医療倫理・研究倫理

1版

静岡大学 名誉教授 松田 純 編著
神戸大学 名誉教授 平井みどり 編著
東邦大学医学部医学教育センター 講師 中田亜希子 編著

定価

3,300(本体 3,000円 +税10%)


  • B5判  273頁
  • 2022年4月 発行
  • ISBN 978-4-525-70751-4

現場で役立つ倫理教育に最適な一冊!

薬学教育における哲学・倫理教育の重要性は近年さらに増しており,多くの薬系大学で,「生命倫理」「医療倫理」「研究倫理」などが学ばれている.
本書では,「薬学教育モデル・コアカリキュラム」の倫理関連項目を網羅し,「出生前診断」「アドバンス・ケア・プランニング」「情報通信技術・先端医療技術と倫理」など,倫理に関する最新のトピックスを加えた.さらに,薬剤師が臨床や研究の現場で出合う具体的な事例を取り上げることで,薬剤師に求められる倫理的な判断力を養うことができる構成となっている.

  • 序文
  • 目次
序文
いまなぜ倫理をまなぶのか―医療薬学をめぐる全般的状況と倫理の必要性について
 小学生の時,私の年代ではそれ程盛んではなかったのですが,「道徳」が嫌いでした.ちょっと読んだだけで先の見えるエピソードが導く,安っぽい勧善懲悪,分かりやすすぎる教訓の押しつけが気持ち悪かったのでしょう.子供だましという言葉がありますが,子供だからと言って簡単に騙されると思ったら大間違いだぞ,と常にとんがっている可愛げのない子どもでした.長じては,「正論」や「正義」を振りかざす人が,自己の利益のために主張している例をいくつも見て,「正しい」とは安易に決まるものではなく,正論や正義を(語る人を)まずは疑え,という習慣が身についてしまったようです.とはいえ,「良いこと」「正しいこと」は人間の社会にとって美しいことであり,大切なものであることは紛れもないでしょう.ただその表出の形(と付随するもの)によって,すんなり受け入れられるか,それとも拒否されるのかが決まるのだと思います.

医療における倫理の特徴
 道徳とあわせて語られることの多い倫理ですが,両者の定義と日本語に定着するまでの経緯については,本書の第1章に詳しく説明されています.違いがあるようで区別が難しい両者ですが,人間関係にもとづく社会を良くすることを目的にしているのは,間違いないでしょう.ところで私たちが関係する医療の中では近年,「倫理」という言葉の登場する頻度が高まっているようです.日本の臨床研究の遅れを指摘する声が高まり,臨床試験・臨床研究の件数が増え,人を対象とする研究には倫理的配慮が不可欠であるため,倫理委員会の審議が一般化しています.倫理とは社会が平和に,人が幸せになるためのツールであるとすれば,「良いこと」が何であるかを知識として知っているだけでなく,「良いこと」を行うためにはどうすればよいか,戦略も必要でしょう.さらには,「良いこと」を「良い」と感じる感受性=人間的な豊かさも必要と思われます.医療の中で倫理が重要視され,倫理委員会や第三者による監査が必須となった背景には,大部分の治療が患者にとって何らかの「侵襲」すなわち身体的・物理的なものから精神的なものに至るまで,苦痛もしくは人為的な変化を与える可能性が高いものであることが考えられます.医療における「侵襲」の内容,およびそのことを患者自身が理解し納得していることの必要性に加えて,治療を実行する判断を一人の主治医に任せることの危険性,そして医療が一人の天才的治療者で完結するものではなく,多様な職種によるチームワークや様々な技術,社会制度,経済活動によって支えられていることへの理解が必要となります.そのため,倫理的判断が重要になると考えます.

薬の開発・製造・販売
 現代の医療の中で,治療法として比重の大きな薬物治療ですが,そのツールとなる治療薬は大部分が製薬企業から提供されます.創薬とそれを世に出すための開発活動,さらに販売による利潤追求は,製薬企業のミッションであり,資本主義社会にとっては当然のことではあります.しかし医療が関わる,すなわち患者という「人」の人権や福祉が絡む活動は,経済原理だけではなく,医療倫理を最重視しなければなりません.製薬企業と医療現場の関係は,治療だけでなく臨床研究という新たな治療法の開発において,密接なかかわりをもっており,望ましい結果を追求するあまり,ときとして非倫理的な対応が紛れ込んでくる危険性が存在します.ディオバン事件に代表される製薬企業の恣意的な操作・研究報告は,治療薬を使用した患者個人を傷つけるものではないとはいえ,効果がない使用法を蔓延させ,医療費を浪費する可能性という,国民への不利益に繋がるものであり,製薬企業の信頼性を著しく損なうことになりました(第4章参照).このような事態を予防するための対応が求められ,そのために「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」(以下,薬機法)や臨床研究法の整備という法的な縛りに加え,企業倫理の向上が求められます.2019年改正の薬機法では,製薬企業(法律では製造販売業者)の信頼を回復しガバナンスを強化するため,法令遵守体制の整備を行うことを義務づけており,その内容として,総括製造販売責任者等を選任し,その資格要件として薬剤師を規定しています.総括製造販売責任者は,薬事に関する業務に責任を有する役員に意見をすることができます.すなわち,薬機法の背景のもとに,薬剤師としての倫理性が,製薬企業の公正さ,信頼性確保に貢献すると期待されているのです.

パターナリズムからシェアド・ディシジョン・メイキング(SDM)
 歴史をひもとくと,患者にとって「良い」こと,すなわち苦痛を除き病気を治癒に導くための治療行為は,患者にすべてさらけ出して説明し,理解を求める必要はない,というパターナリズムが一般的であった時代は極めて長いことがわかります.したがって,その名残は今も随所に残っているようです.インフォームド・コンセントがまだ一般化していない頃,「がん」という言葉はタブーであり,決して悪意をもって隠しているわけではないが病名を患者本人には告げない,という状況は「がん告知」の場面でよくみられました.患者の気持ちを考えて,黙っていてほしいと家族は主治医に頼むが,実は本人は気づいていて……,などというのは一昔前のドラマによくある筋書きです.一方,現代ではシェアド・ディシジョン・メイキング(Shared Decision Making;SDM)の考え方,すなわち治療における意思決定は,医師だけのものでも患者だけのものでもなく,関係者のコミュニケーションと十分な議論の上に,結論を導き出すという考え方が広まってきています.医療者の「ヒューマニズム」や家族の「思いやり」といった,平板な「美しいモノ」だけで物事は片付かない,というのが現実であり,医療技術が進歩し,いくつもの対応策が存在する状況では,医療行為の説明と理解だけでなく,家族や患者本人と社会の関係なども考慮し,本人の求めるしあわせを第一義に調整を行うのが現代的な「倫理」だと思います.

医療事情の変化と薬剤師
 21世紀に入り,超高齢化とともに医療費増大は,深刻な問題として日本社会を覆っています.それでも普段は,そう意識せずに日々の仕事に汲々としていた私たちに突き付けられたのが,2020年2月に始まる新型コロナウイルスのパンデミックでありました.クラスターつぶしの失敗,緊急事態宣言やロックダウン,三密回避といった言葉の氾濫,ワクチン騒動,そして病床の不足と自宅待機患者の死亡など,どれをとってもこれまでの医療(および一般社会生活)では考えられなかった事態に,日本の医療の脆弱な病院依存体質があぶり出されました.10年以上前から在宅へのシフトが叫ばれていた割には,一部の意識高く献身的な医療者に依存する在宅医療は社会に浸透せず,在宅でケアをしようにも,診てくれる医師もいなければ薬を調達する薬局もない,という状況が続いています.そこを狙い撃ちしたような高齢者のSARS-CoV2感染が,特に大阪・兵庫における悲劇的な状況(2021年4月から5月にかけて)を呼びました.新型のワクチンを接種する人手が足りない,というわけで薬剤師がワクチン接種に協力することが求められ,注射剤の調製を担当する,ということになっていますが,ワクチンという普段扱わない種類であっても,薬には違いないわけで,そこには薬剤師としての職能発揮が期待されます.

薬剤師が倫理を学ぶ意義
 日本薬剤師会は昭和43年に「薬剤師倫理規定」を制定しましたが,社会と医療の変化に伴い平成30年に,倫理規定を拡張した「薬剤師行動規範」を定めました.その第10項「職能の基準の継続的な実践と向上」,第11項「多職種間の連携と協働」そして第12項「医薬品の品質,有効性及び安全性等の確保」に当てはまるのが,新型コロナワクチン接種において,薬剤師に求められる取り組みにあたると思います.患者対応等日常の薬剤師業務の中での倫理は,当然すべての薬剤師が意識し法的にも遵守していることでしょう.しかしパンデミック下あるいは災害時に薬剤師が通常の活動範囲を超えた行動を強いられることはしばしばあります.前例のない活動であっても,国民の健康増進や幸福に資するものであれば,倫理的観点から積極的に取り組むべきであると筆者は考えます.もちろん,独りよがり・一面的な思い込みで,他への影響を顧みずに暴走することは現に慎まねばなりませんが,少し枠をはみ出して行動することはイノベーションに繋がると思います.倫理とは人間個人から離れた固定した絶対的なものではなく,「お互い様」の精神で人と人の間に存在するもの・お互いの考えを歩み寄らせて互いに納得するものであることを本書から学ぶことができます.これから薬剤師を目指す学生さん,毎日の業務になにか物足りなさを感じる薬剤師,後輩を教育する薬学関係者の皆さん,新たな創造を呼び起こす行動の背中を押すものとして,倫理を学んでいこうではありませんか.

2022年3月

編著者を代表して
平井みどり
目次
第1章 薬剤師・薬学研究者として身につけるべき生命・医療倫理
 1 薬剤師の職業倫理
 2 倫理,道徳,法
 3 伝統的な医療の倫理—西洋と日本
 4 大戦後の研究倫理
 5 患者の権利
 6 現代医療倫理の4原則
 7 医療者の徳

第2章 医療人として身につけるべき薬学臨床の倫理
 1 人生の最終段階の医療とアドバンス・ケア・プランニング
 2 安楽死・自死介助とその思想
 3 緩和ケア
 4 認知症ケアの倫理
 5 QOLとは何か
 6 病気,健康とは何か
 7 病院中心の医療から地域包括ケアへ―チーム医療・地域保健医療と薬剤師
 8 人間としての尊厳

第3章 医療の進歩に伴う倫理的問題
●生殖補助医療の倫理的・法的問題
 1 薬剤師と生殖補助医療
 2 人工授精の倫理的・法的問題
 3 体外受精,卵子提供の倫理的・法的問題
 4 代理懐胎(出産),子宮移植の倫理的・法的問題
 5 生殖補助医療と社会
 6 出生前検査の倫理問題
 7 着床前検査の倫理問題
 8 優生思想の過去・現在・未来
 9 人工妊娠中絶と緊急避妊薬
●生命科学・技術と情報科学・技術の倫理問題
 1 個別化医療とゲノム情報に関する倫理
 2 バイオ・細胞医薬品とゲノム編集に関する倫理
 3 エンハンスメントとドーピング
 4 デジタルヘルスとAI時代の情報の倫理

第4章 薬に関する研究の倫理
 1 臨床研究の倫理
 2 研究の不正と利益相反
 3 動物実験の倫理

第5章 感染症の倫理問題
 1 感染症パンデミックと薬剤師
 2 トリアージについて
 3 感染症,ウイルス,地球環境,ワンヘルス
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