薬物治療コンサルテーション
妊娠と授乳
改訂4版
トロント小児病院/トロント大学 名誉教授 伊藤真也 編
一般社団法人 妊娠と薬情報研究会 理事長 村島温子 編
国立成育医療研究センター 妊娠と薬情報センター 後藤美賀子 編
定価
9,900円(本体 9,000円 +税10%)
- B5判 595頁
- 2025年3月 発行
- ISBN 978-4-525-70234-2
持っていると安心できる.妊娠期・授乳期の薬剤選択のパートナー.
妊婦・授乳婦へ薬の投与が胎児・乳児に与える影響について,疫学情報や薬剤特性など,多くのエビデンスをもとにまとめられた書籍.
2010年の初版発行以来,医師や薬剤師をはじめとする多くの医療従事者の支持を経て,今や妊婦・授乳婦の薬物治療に欠かせない1冊となりました.
- 序文
- 目次
- 書評
- 書評
序文
本書も初版から数えると15年目となった.この改訂4版ではその間に得られた新たな知見も含めたが,本書全体の頁数を読みやすい分量にする目的もあって症例記載を残さなかった.これは日本で当分野の診療経験が確実に蓄積されてきていることから考えても妥当な選択と思う.総合評価の表も改良点があるので説明をよく読んでもらいたい.
この総合評価の表を見ていつも思うのだが,薬を「安全か否か」などの互いに相容れないカテゴリに分けるとスッキリ見える.この白黒はっきりしたまとめ方を見て整った気持ちになるのは人の特性なのかもしれないと思う.ただこのような不連続のカテゴリで真実を正確に伝えられるのか否かは別問題だろう.
最近はビッグデータ解析から「この薬に子宮内曝露した児が,ある特定の形態異常をきたす頻度は,非曝露群の1.3倍で統計的に有意」などと記述される.ではその薬は催奇形性を有するのか,相対リスクが2倍に満たないので問題がないのか.統計的に有意であれば相対リスクが1.1倍でも催奇形性ありと呼ぶのか,など考えれば夜も寝られなくなる.定義によるのだ,という人もいるだろうがリスクが確率的事象とすると恣意的な線引きをすることで真実を歪めていることにならないか.その境界線を相対リスク1.5と決めた場合,統計的に有意な1.6 は問題ありでも 1.4は問題なしと患者さんに説明できるのか.そもそも,その分断点を正当化する議論があるのだろうか.いっそのこと,毒性リスクは確率を示す連続量とした方がいいのではないか.ただ私達が確率のもつ意味を分かってそれを正確に相手に伝達できるのかには大きな疑問が残る.もしこの点が解決されたとしても,総合評価の表は平均的解釈を示したものであり個人に特有な要素は当然考慮されていない.とにかくリスク分類などでは掴みきれない真実があるかもしれないことを,そして真実は患者さん個人の事情によって違うかもしれないことを読者の皆さんには心に留めておいてほしい.
本書の初版に推薦文を書いてくださったBriggs先生は2年前に他界された.彼とはもう議論を交わすことはできないが,そのレガシーはこの本に脈々と受け継がれて生きている.最後になったが南山堂編集部の方々,また忙しいなか執筆を引き受けてくださった第一線の先生方,そして悩みながら毎日を過ごしている妊婦・授乳婦の方々とその子ども達に心からのお礼を述べて改訂4版の序文としたい.
2025年1月
編者を代表して 伊藤真也
この総合評価の表を見ていつも思うのだが,薬を「安全か否か」などの互いに相容れないカテゴリに分けるとスッキリ見える.この白黒はっきりしたまとめ方を見て整った気持ちになるのは人の特性なのかもしれないと思う.ただこのような不連続のカテゴリで真実を正確に伝えられるのか否かは別問題だろう.
最近はビッグデータ解析から「この薬に子宮内曝露した児が,ある特定の形態異常をきたす頻度は,非曝露群の1.3倍で統計的に有意」などと記述される.ではその薬は催奇形性を有するのか,相対リスクが2倍に満たないので問題がないのか.統計的に有意であれば相対リスクが1.1倍でも催奇形性ありと呼ぶのか,など考えれば夜も寝られなくなる.定義によるのだ,という人もいるだろうがリスクが確率的事象とすると恣意的な線引きをすることで真実を歪めていることにならないか.その境界線を相対リスク1.5と決めた場合,統計的に有意な1.6 は問題ありでも 1.4は問題なしと患者さんに説明できるのか.そもそも,その分断点を正当化する議論があるのだろうか.いっそのこと,毒性リスクは確率を示す連続量とした方がいいのではないか.ただ私達が確率のもつ意味を分かってそれを正確に相手に伝達できるのかには大きな疑問が残る.もしこの点が解決されたとしても,総合評価の表は平均的解釈を示したものであり個人に特有な要素は当然考慮されていない.とにかくリスク分類などでは掴みきれない真実があるかもしれないことを,そして真実は患者さん個人の事情によって違うかもしれないことを読者の皆さんには心に留めておいてほしい.
本書の初版に推薦文を書いてくださったBriggs先生は2年前に他界された.彼とはもう議論を交わすことはできないが,そのレガシーはこの本に脈々と受け継がれて生きている.最後になったが南山堂編集部の方々,また忙しいなか執筆を引き受けてくださった第一線の先生方,そして悩みながら毎日を過ごしている妊婦・授乳婦の方々とその子ども達に心からのお礼を述べて改訂4版の序文としたい.
2025年1月
編者を代表して 伊藤真也
目次
1章 妊娠期の薬物治療
1 薬物治療の基礎知識
2 胎児の発生と薬剤曝露
3 妊娠期の薬物治療による出生児への影響
4 不妊治療
5 妊娠期の情報提供(カウンセリング)の留意点
2章 授乳期の薬物治療
1 薬物治療の基礎知識
2 薬剤の母乳移行と乳児の薬剤曝露
3 授乳期の薬物治療における親子へのケア
3章 妊娠と授乳の医薬品情報
1 非臨床試験
2 臨床研究
3 医療用医薬品添付文書
4 妊娠・授乳と薬に関する情報源
4章 医薬品情報サマリー
1 抗菌薬
2 抗ウイルス薬
3 COVID-19 治療薬
4 抗インフルエンザウイルス薬
5 抗真菌薬
6 抗寄生虫薬
7 抗悪性腫瘍薬
8 免疫抑制薬
9 グルココルチコイド製剤(ステロイド製剤)
10 解熱鎮痛薬,抗炎症薬
11 オピオイド鎮痛薬,慢性疼痛治療薬
12 アレルギー疾患治療薬
13 抗リウマチ薬
14 糖尿病治療薬
15 脂質異常症治療薬
16 痛風・高尿酸血症治療薬
17 女性ホルモン製剤
18 甲状腺疾患治療薬
19 骨・カルシウム代謝薬
20 造血薬
21 止血薬
22 抗血栓薬
23 降圧薬
24 抗不整脈薬
25 心不全治療薬
26 血管拡張薬
27 利尿薬
28 気管支拡張薬,気管支喘息治療薬
29 鎮咳・去痰薬
30 上部消化管疾患治療薬
31 炎症性腸疾患治療薬
32 下部消化管疾患治療薬
33 肝炎治療薬
34 抗うつ薬
35 抗躁薬
36 抗不安薬
37 睡眠薬
38 抗精神病薬
39 ADHD治療薬
40 抗てんかん発作薬
41 片頭痛治療薬
42 めまい治療薬
43 免疫性神経疾患治療薬
44 眼科・耳鼻科用剤(外用)
45 歯科・口腔用剤(外用)
46 皮膚科用剤
47 泌尿器用剤
48 ワクチン
49 漢方薬,ビタミン・ミネラル製剤
50 嗜好品,禁煙補助薬,アルコール依存症治療薬
51 造影剤,放射性医薬品
1 薬物治療の基礎知識
2 胎児の発生と薬剤曝露
3 妊娠期の薬物治療による出生児への影響
4 不妊治療
5 妊娠期の情報提供(カウンセリング)の留意点
2章 授乳期の薬物治療
1 薬物治療の基礎知識
2 薬剤の母乳移行と乳児の薬剤曝露
3 授乳期の薬物治療における親子へのケア
3章 妊娠と授乳の医薬品情報
1 非臨床試験
2 臨床研究
3 医療用医薬品添付文書
4 妊娠・授乳と薬に関する情報源
4章 医薬品情報サマリー
1 抗菌薬
2 抗ウイルス薬
3 COVID-19 治療薬
4 抗インフルエンザウイルス薬
5 抗真菌薬
6 抗寄生虫薬
7 抗悪性腫瘍薬
8 免疫抑制薬
9 グルココルチコイド製剤(ステロイド製剤)
10 解熱鎮痛薬,抗炎症薬
11 オピオイド鎮痛薬,慢性疼痛治療薬
12 アレルギー疾患治療薬
13 抗リウマチ薬
14 糖尿病治療薬
15 脂質異常症治療薬
16 痛風・高尿酸血症治療薬
17 女性ホルモン製剤
18 甲状腺疾患治療薬
19 骨・カルシウム代謝薬
20 造血薬
21 止血薬
22 抗血栓薬
23 降圧薬
24 抗不整脈薬
25 心不全治療薬
26 血管拡張薬
27 利尿薬
28 気管支拡張薬,気管支喘息治療薬
29 鎮咳・去痰薬
30 上部消化管疾患治療薬
31 炎症性腸疾患治療薬
32 下部消化管疾患治療薬
33 肝炎治療薬
34 抗うつ薬
35 抗躁薬
36 抗不安薬
37 睡眠薬
38 抗精神病薬
39 ADHD治療薬
40 抗てんかん発作薬
41 片頭痛治療薬
42 めまい治療薬
43 免疫性神経疾患治療薬
44 眼科・耳鼻科用剤(外用)
45 歯科・口腔用剤(外用)
46 皮膚科用剤
47 泌尿器用剤
48 ワクチン
49 漢方薬,ビタミン・ミネラル製剤
50 嗜好品,禁煙補助薬,アルコール依存症治療薬
51 造影剤,放射性医薬品
書評
妊娠・授乳中の薬物治療に関する考え方が,近年大きく変化している.以前は「胎児への危険が否定できないなら,医薬品の投与は回避すべき」との認識が広がっていた.また「乳児への危険を否定できないのであれば,母乳は回避する」という意見も一般的であった.薬物投与による母体の利益と副作用による胎児の不利益が衝突すると捉え,自己犠牲をいとわない「母性」に期待して治療や母乳が控えられていたのだ.
しかし最近は,胎児・乳児への危険が明らかでない医薬品を使用して母体の治療を行うように変わってきた.この変化には,妊娠・授乳中に医薬品を投与した大規模データを活用できるようになったことが大きく影響している.これに伴い,妊娠と薬情報センターの利用が普及し,母性内科も増加した.さらに「婦人科診療ガイドライン―産科編2023」でも,添付文書で禁忌とされている医薬品のうち,臨床的に有意な胎児への影響はないと判断してよいものに関する推奨がある一方で,胎児・新生児に対して特に注意が必要な有益性投与の医薬品の推奨も記載されている.「良い」か「ダメ」かの二者択一ではなく,処方前のカウンセリングが望ましいと考えられる時代となり,集積される最新の情報が不可欠となってきたのである.
2010年の初版発行以来,すでに3回の改訂がなされており,最新のデータに基づいている点も本書の見逃せないポイントだ.この改訂第4版で取り上げている幾つかの医薬品については,添付文書通りではない記述も見られる.添付文書は医薬品投与の際に最重要視すべきものではあるが,その変更には相当な時間を要する.本書は妊娠中に疾患を発症した妊婦や,疾患を持ちながら挙児を切望しているカップルだけでなく,彼らをサポートする医師,薬剤師,看護師,助産師にもお勧めの1冊で,様々な問題に対する光を与えてくれる書になることが期待される.
順天堂大学 名誉教授 板倉敦夫
しかし最近は,胎児・乳児への危険が明らかでない医薬品を使用して母体の治療を行うように変わってきた.この変化には,妊娠・授乳中に医薬品を投与した大規模データを活用できるようになったことが大きく影響している.これに伴い,妊娠と薬情報センターの利用が普及し,母性内科も増加した.さらに「婦人科診療ガイドライン―産科編2023」でも,添付文書で禁忌とされている医薬品のうち,臨床的に有意な胎児への影響はないと判断してよいものに関する推奨がある一方で,胎児・新生児に対して特に注意が必要な有益性投与の医薬品の推奨も記載されている.「良い」か「ダメ」かの二者択一ではなく,処方前のカウンセリングが望ましいと考えられる時代となり,集積される最新の情報が不可欠となってきたのである.
2010年の初版発行以来,すでに3回の改訂がなされており,最新のデータに基づいている点も本書の見逃せないポイントだ.この改訂第4版で取り上げている幾つかの医薬品については,添付文書通りではない記述も見られる.添付文書は医薬品投与の際に最重要視すべきものではあるが,その変更には相当な時間を要する.本書は妊娠中に疾患を発症した妊婦や,疾患を持ちながら挙児を切望しているカップルだけでなく,彼らをサポートする医師,薬剤師,看護師,助産師にもお勧めの1冊で,様々な問題に対する光を与えてくれる書になることが期待される.
順天堂大学 名誉教授 板倉敦夫
書評
本書は2010 年に第1 版が発刊されて以来,妊婦・授乳婦の薬物療法の際に,医師・薬剤師が添付文書に加えて利用してきた.本領域の第一人者でいらっしゃるトロント小児病院・トロント大学名誉教授の伊藤真也先生,妊娠と薬情報研究会理事長の村島温子先生,成育医療研究センター妊娠と薬情報センターの後藤美賀子先生が編集を担当されている.
今回の改訂4 版は,第1 章「妊娠期の薬物療法」,第2 章「授乳期の薬物療法」,第3 章「妊娠と授乳の医薬品情報」が総論的な位置づけとなっており,妊娠・授乳期における薬物療法のベネフィット・リスクを理解するための基礎知識を身につけられる内容となっている.第4 章「医薬品情報サマリー」は,抗菌薬からはじまり,造影剤,放射性医薬品にいたるまで,疾患・薬効別治療薬に関する51 の各論で構成されている.序文で伊藤真也先生が述べておられるように,わが国の本領域の診療経験の蓄積を考慮して3 版まで掲載されていた「症例から学ぶ妊娠・授乳期の薬物療法」が削除されている.これは読者の経験値に即したご英断であり,読者が必要としている情報密度の向上が意図されている.
一方,各論にあたる「医薬品情報サマリー」においては「COVID-19 治療薬」の項が新設されるとともに,総合評価の表に改良が加えられ,各薬剤の解説には最新のエビデンスを吟味したうえでの要約記載が加えられており,本書を利用する読者の満足度と安心感につながっている.また,各論の構成において,前版では「非妊娠期」「妊娠期」「授乳期」と区分されていた見出しが,4 版では「非妊娠期」が「妊娠計画期」に置き換わり,一般的な薬剤情報ではなく「妊娠計画期」における留意事項に関してガイドラインやエキスパートコンセンサスをもとに解説されている.こうした改良は,読者が求める情報の密度向上につながっている.
本書は妊婦・授乳婦領域のチーム医療に従事する医師,薬剤師,助産師などの医療従事者にとって,薬物療法の最適化の羅針盤・情報源として,ぜひ手元に置いておきたい一冊となっている.
虎の門病院 薬剤部 薬事専門役
林 昌洋
今回の改訂4 版は,第1 章「妊娠期の薬物療法」,第2 章「授乳期の薬物療法」,第3 章「妊娠と授乳の医薬品情報」が総論的な位置づけとなっており,妊娠・授乳期における薬物療法のベネフィット・リスクを理解するための基礎知識を身につけられる内容となっている.第4 章「医薬品情報サマリー」は,抗菌薬からはじまり,造影剤,放射性医薬品にいたるまで,疾患・薬効別治療薬に関する51 の各論で構成されている.序文で伊藤真也先生が述べておられるように,わが国の本領域の診療経験の蓄積を考慮して3 版まで掲載されていた「症例から学ぶ妊娠・授乳期の薬物療法」が削除されている.これは読者の経験値に即したご英断であり,読者が必要としている情報密度の向上が意図されている.
一方,各論にあたる「医薬品情報サマリー」においては「COVID-19 治療薬」の項が新設されるとともに,総合評価の表に改良が加えられ,各薬剤の解説には最新のエビデンスを吟味したうえでの要約記載が加えられており,本書を利用する読者の満足度と安心感につながっている.また,各論の構成において,前版では「非妊娠期」「妊娠期」「授乳期」と区分されていた見出しが,4 版では「非妊娠期」が「妊娠計画期」に置き換わり,一般的な薬剤情報ではなく「妊娠計画期」における留意事項に関してガイドラインやエキスパートコンセンサスをもとに解説されている.こうした改良は,読者が求める情報の密度向上につながっている.
本書は妊婦・授乳婦領域のチーム医療に従事する医師,薬剤師,助産師などの医療従事者にとって,薬物療法の最適化の羅針盤・情報源として,ぜひ手元に置いておきたい一冊となっている.
虎の門病院 薬剤部 薬事専門役
林 昌洋