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カテゴリー: 循環器学  |  分子医学

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Cutting Edge of Molecular Cardiology

新しい臨床を開拓するための分子循環器病学

1版

東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学 教授 小室一成 編

定価

6,600(本体 6,000円 +税10%)


  • B5判  210頁
  • 2019年4月 発行
  • ISBN 978-4-525-24941-0

臨床医と研究者が共に創る循環器病学の未来へ

循環器疾患領域では発症機序・分子病態の解明が進み,未来医療を導くような基礎研究も進展しているが,それらの知見は臨床医にはまだ十分に理解・活用されていない.「脳卒中・循環器病対策基本法」も成立し,大きく変わる循環器診療のなかで,本書では,30テーマの第一人者が,疾患予防・治療につながる基礎研究の過去・現在と未来を語る.

  • 目次
  • 序文
目次
1.循環器疾患におけるゲノム解析の意義は何か (伊藤 薫)
2.分子構造解析で何が見えるか (今崎 剛,仁田英里子,仁田 亮)
3.心臓発生の分子機序から先天性心疾患を理解する (古道一樹,吉田 祐,山岸敬幸)
4.Direct reprogrammingによる心臓再生 (黒津祥太,家田真樹)
5.心肥大の細胞内シグナルと転写制御 (桑原宏一郎)
6.統合的オミックス解析により心不全の謎を解く (野村征太郎)
7.神経制御の破綻による循環器病 (岸 拓弥)
8.カルシウムハンドリング異常としての心不全 (小林茂樹)
9.HFrEFとHFpEFの細胞内シグナル (沼田玄理,瀧本英樹)
10.栄養・エネルギー代謝から考える心不全 (佐野元昭,山本恒久,遠藤 仁)
11.ミトコンドリア異常は心不全の原因か (星野 温,的場聖明)
12.心不全における酸化ストレスの役割 (井手友美)
13.循環器疾患発症・進展における小胞体ストレス応答の役割 (富 海英,南野哲男)
14.虚血コンディショニングと心筋保護 (三木隆幸,矢野俊之)
15.オートファジー性分解の心臓における役割 (山口 修)
16.循環器疾患に炎症・免疫応答はどうかかわるか (安斉俊久)
17.アディポサイトカインと循環器病 (柴田 玲,室原豊明)
18.多臓器連関・多細胞連関から考える循環器病 (藤生克仁)
19.心腎連関の実行分子は何か (尾上健児)
20.心筋症の分子遺伝学はどこまで進んだか (久保 亨)
21.周産期心筋症の分子機序 (神谷千津子)
22.腫瘍循環器学とは何か (赤澤 宏)
23.心房細動を分子生物学で紐解く (古川哲史)
24.遺伝性不整脈の理解はどこまで進んだか (大野聖子)
25.iPS細胞を用いた病態解明 (湯浅慎介)
26.non-coding RNAの循環器病への関与 (尾野 亘)
27.腸から動脈硬化を予防する (山下智也,平田健一)
28.大動脈瘤病態研究の発展と臨床応用 (青木浩樹)
29.Marfan症候群における大動脈瘤形成機序 (八木宏樹,武田憲文)
30.肺動脈性肺高血圧症における炎症性シグナルの役割 (中岡良和)

日本語索引
外国語索引
序文
基礎研究はどこまで循環器病の謎を解いたか
─新しい循環器病学の時代へ─

 わが国は超高齢社会となり,循環器病の患者数,死亡者数が激増している.わが国の死因のトップはがん(悪性新生物)であるが,高齢者ではがんと循環器病の死亡者数はほぼ同じであり,さらに後期高齢者になると循環器病がトップとなる.患者数はがんよりも循環器病がはるかに多く,平均寿命と健康寿命の約10年間の解離の原因としても循環器病はがんよりも圧倒的に影響が大きい.つまり今後,健康寿命の延伸を目標としているわが国においては循環器病の克服が最も重要な課題である.

 私は,研修医のころ,将来何を専門にするか,がんにするか循環器にするか迷ったものである.臨床としては循環器が面白いが,研究となると,がんに魅力を感じていた.当時の循環器分野の研究は,血行力学といった,循環器に独特な生理学的研究が主流であった.その学問そのものは高度に洗練されており感動したが,一方で,生理学的な解析のみでは疾患発症の分子機序を解明することはできないと感じていた.幸いにも,のちに恩師になる先生から「循環器病学もこれからは生化学や分子生物学的な研究によって病態を解明していかなくてはならない」とご助言をいただき,循環器病学を志そうと決心した.とりわけ,循環器病に特異的である収縮・弛緩といった動的な機能の異常から発症する心不全に底知れない魅力を感じた.
 私が研究を始めた1980年代の解析ツールでは,まだ機能異常である心不全の解析はできなかったため,まずは心不全の前段階で認められる形態異常として心肥大に関する研究を行った.カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のP. Simpsonが世界で初めて無血清下でラット新生仔の心筋細胞培養に成功し,心肥大についても臓器レベルから細胞レベルでの研究が可能となった.そのSimpsonが心筋細胞の肥大にはカテコラミンが重要であると提唱したのに対し,私は,病的心肥大にはスポーツ性心肥大でみられる交感神経の活性化ではなく圧負荷といった血行力学的負荷が重要であろうと仮説を立て,培養した心筋細胞を伸展すると心筋細胞肥大が生じることで実証した.その後も30年間,心不全は心臓の血行力学的負荷に対する応答の破綻という観点から研究を継続している.
 1990年代から,心不全研究にも遺伝子を改変したマウスが使用されるようになった.「モデル実験というのは,人に真実を見せるための嘘である」(ハワード・スキッパー)というように,確かにマウスとヒトでは異なる点も多いものの,初めて心機能の異常を分子レベルで解析することが可能となり,心不全研究は一気に加速した.最近ではそこにiPS細胞を用いた解析も加わり,これまでほとんど不可能であったヒト心筋細胞を用いた研究も可能となった.iPS細胞から分化させた心筋細胞は未熟であり,実際の生体内の心筋細胞とはかなり異なるものの,マウス個体を用いた研究と補い合うことにより真実に近づくことができよう.

 近年,わが国の科学力の伸び悩みがいたるところで叫ばれているが,循環器の基礎研究はその最も極端な例である.たとえば,循環器基礎研究を扱う専門誌への論文投稿数をみても,諸外国では軒並み増えているのに対し,わが国からの投稿数は10年前と比較し伸び悩むどころか半減している.本来ならば,臨床研究にしろ,創薬やデバイス開発にしろ,独創的な基礎研究の成果に基づいて行われるべきであり,すべての基盤となる基礎研究なくしてその後の発展はない.今後わが国は,欧米が研究開発した薬やデバイスを数年遅れでただ使用するといった医療二流国に甘んじてよいのであろうか.
 がん領域では,基礎研究により発症・進行の原因が解明され,原因に基づいた治療が行われるようになった結果,不治の病と思われていたものが治る時代になった.一方,かつては治療法開発が進んでいると思われていた循環器病は,十分に病態の解明が進まず,対症療法に甘んじているため,いまだに治すことができていない.昨年12月10日,循環器病の予防により健康寿命を延伸することを目指して,臨時国会の最終日に「脳卒中・循環器病対策基本法」が成立した.基本法のなかでは研究の重要性も謳われており,今後,わが国における循環器病研究の活性化が大いに期待されるところである.そのようなタイミングで刊行される本書が,循環器病学の基礎研究の活性化や,診療を行うにあたっての病態に対する深い理解に役立てば,企画した者として望外の幸せである.

2019年3月吉日
東京大学大学院医学系研究科
循環器内科学 教授
小室一成
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