ブックタイトル精神科薬物療法マニュアル

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概要

精神科薬物療法マニュアル

2911 精神疾患患者の妊娠・出産児に関する合併症として子宮内胎児発育遅延,低出生体重,死産,新生児死亡の,そして産科合併症として誘発分娩,陣痛促進の出現頻度の高さが指摘された20~23). その後Jablensky ら24)は,胎盤早期剥離などの胎盤系の異常や分娩前出血などの母体側の合併症のほか,新生児仮死や心血管系奇形,身体小奇形の出現頻度の多さも報告している. これらの合併症は統合失調症の発症以降の妊娠に多いことから,合併症発生の背景として統合失調症に関連した環境要因と遺伝的要因が注目されている3,24).環境要因として,向精神薬治療,母体の喫煙やアルコール乱用,低栄養,周産期の不十分なケア,社会経済的要因,高齢出産,耐糖能異常が挙げられている3,24).生物学的背景としては,視床下部・下垂体・副腎系のストレス機構や脳内モノアミン系の神経伝達の障害が乳幼児以降における認知行動発達の遅延を惹起させるとの指摘25,26)が興味深い.未治療統合失調症患者において血中コルチゾールが有意に増加し27),乳幼児に同様の長期行動学的異常が生じる可能性もある.遺伝的要因としては,統合失調症自体の遺伝的脆弱性と発生した身体奇形に影響する遺伝的要因との関連性が注目されている3,24).一方で産科合併症は統合失調症の素因に関連した遺伝的表現ではないとの否定的な報告28)もある.3 薬物療法の課題 抗精神病薬の周産期への影響に関し多くの報告がある一方で多剤併用に関する報告は極めて少なくその安全性は確立されていない29).近年,気分安定薬の多剤併用に関して催奇形性の頻度が増すことが報告されているが30),抗精神病薬同士の多剤併用に関するデータはない.さらに多剤併用療法の課題は妊娠発覚後の薬物調整の難しさにも関わってくる.多剤大量療法の下では,脳内の抗ドパミン受容体の過感受性状態が生じている可能性があり31),拙速な減量は再燃を惹起させる可能性がある.したがって若年・中年女性に対する多剤併用には常日頃から慎重な姿勢が求められる. 現在は抗精神病薬の多剤併用は減少傾向にある一方で,第二世代抗精神病薬と気分安定薬の多剤併用が目立ち始めている.抗精神病薬の減剤化は歓迎すべきことであるが,気分安定薬との安易な多剤併用は挙児希望の女性患者に対して看過されることではない.とくにバルプロ酸は催奇形性だけではなく出生後の乳児の認知機能への影響も報告されており,妊娠前からその使用に注意を必要とする32).4 薬物療法中断によるリスク 抗精神病薬がもたらすリスクを考える一方で,薬物療法を行わない際の胎児や乳幼児への影響も考える必要がある.統合失調症患者が妊娠した際,かつては精神疾患の経過に保護的に作用すると考えられていた33,34).生物学的に女性ホルモン(エストロゲン)が抗ドパミン作用を有することが指摘され,妊娠中に増加する血中エストロゲンの中枢効果により精神症状が安定化されると考えられていた.また環境因的には岡崎ら35)は妊娠中周囲が患者に保護的に接することも大きいと指摘する.