ブックタイトル臨床神経内科学 改訂6版

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概要

臨床神経内科学 改訂6版

5 難病の緩和医療palliative care of incurable disease【概説】 わが国の医療において緩和医療は歴史の浅い分野である.特に,わが国においては癌性疼痛の緩和として発展してきた経緯があり,非癌疾患に対する緩和医療は非常に立ち遅れている.WHO は2002 年にそれまでの癌性疼痛緩和中心の記載から「緩和ケアとは,生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して,痛みやその他の身体的問題,心理社会的問題,スピリチュアルな問題を早期に発見し,的確なアセスメントと対処(治療・処置)を行うことによって,苦しみを予防し,和らげることで,QOL を改善するアプローチである.(日本ホスピス緩和ケア協会訳)」と定義しており,癌でなくともすべての死に直面した疾患が病初期から対象であること,疼痛のみでなくあらゆる苦痛の緩和を対象としQOL の向上が目的であることを明確にした.神経難病の中でも根治やコントロールが難しい疾患では診断時より「生命を脅かす疾患に罹患した」と解釈でき,神経難病について治癒は望めなくとも,少しでもQOL の向上を目指して行う治療およびケアは緩和医療・緩和ケアと捉えることができる.しかし,各疾患の治療については他稿で記載されているため,本項では特に「苦痛症状の緩和」という点に焦点をしぼって記載することとする.a.治療の原理・機序 神経難病の苦痛緩和にはいくつかの特殊な要素があり,癌とは異なる面もある. 非癌の緩和全般に共通ではあるが,増悪寛解を繰り返しながら終末期を迎える疾患が多く,予後予測が難しいこと,意思表示が困難になる疾患も多く,意思決定支援に際して,早期から介入が必要であること,疼痛緩和だけではない,各苦痛症状に対する症状緩和が多岐にわたること,などがあげられる1~4).1.予後予測の難しさ 近年は「終末期」という言葉のかわりに,時期として規定することが難しいこともあり,「人生の最終段階」と表現するようになってきている.余命がどの程度かという予測は,癌でも難しいといわれているが,特に神経難病をはじめとする慢性疾患では難しい. 例えば,Parkinson 病やParkinson 病関連疾患などは疾患そのものでは亡くならず,感染症などの合併症で亡くなる場合が多い.病気が進行すると嚥下障害をきたすため,誤嚥性肺炎をきたしやすくなるが,感染症は治療によって一時的には回復することもある.しかし,誤嚥しやすくなっている状態では,また誤嚥性肺炎を再燃・合併し,重篤化して死を迎える.このような場合は,どの時点からを終末期とみなすかは難しい. 筋萎縮性側索硬化症などは,疾患の進行速度に個人差があり,発症1年以内に亡くなるような非常に進行の早い例もあれば10 年たっても自発呼吸ができている場合もある.一般には人工呼吸器を用いない場合の予後は発症後3~5年といわれるが,病初期に進行速度を予測することは難しく,余命は年単位で異なってしまう.2. どのようなときに終末期の意思決定支援を具体的に考えるか 終末期の特定は難しいものの,いつでも急変が起こりうる状況になったときには,その時点での方針を確認することが必要となる. 急変が起こりうる具体的な例としては,① 嚥下障害が明らかになって窒息の可能性が出たとき,② 重度の感染症になったとき,③ 呼吸筋障害が進行してきたとき,④ 声帯開大不全が進行してきたとき,⑤ 自律神経障害が進行したとき,などがあげられる.このような状況になったときには,急変が起こりえること,起こったときの対処について前もって説明し,どこまで医療処置を積極的に行っていくのかを確認する. このときに,「仮に,もし,今日何かが起こったときにどうしてほしいか」という意思確認と「徐々に病気が進行したときにどうしたいか」の両者を聞くことが実際的である.進行したとSectionⅥ 神経内科治療896