ブックタイトルプログレッシブ生命科学

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概要

プログレッシブ生命科学

126数が変わらなければEmax は不変であるので,病態や発達にともなうリガンド効果の変動を考察する場合は,EC50 とEmax のどちらの変動であるかを把握する必要がある.5 受容体のtwo - state モデル リガンドには,受容体に結合することで作用を発揮するアゴニストと,受容体に結合するがそれ自体では作用を及ぼさないアンタゴニストがある.また,アゴニストのなかには本来のアゴニストとは逆方向の作用を及ぼすものもあり,これはインバースアゴニストinverse agonist とよばれる.アンタゴニストは生体内の内因性アゴニストの作用に拮抗するので,アゴニストとは逆向きの作用をもつように思われがちだが,アンタゴニストは受容体に結合するのみであり,それ自体では作用を発揮しない.これに対して,インバースアゴニストは受容体に結合することで,それ自体でアゴニEC50はKd より低くなる. 以上のように,効果器の数に対して過剰の受容体が存在するとき,その受容体を余剰受容体という.余剰受容体の存在はリガンド作用の最大効果を上昇させるものではないが,リガンドの見かけ上の親和性を高めている.すでに述べたように,Kd は変化することなく,EC50 を低下させることができ,一定の刺激に対する生体の感受性を大きく高めることができる.また,余剰受容体を増やすことにより,受容体自体の結合親和性が低い場合でも,見かけ上,親和性の高い応答系を構築することが可能となる.実際,生体内の多くの受容体において余剰受容体が存在している.たとえば,心筋のβ-アドレナリン受容体は,約90%が余剰受容体である.病態あるいは個体発生や発達にともなって受容体発現は変動することが多いが,その際には,余剰受容体数の変動によるEC50 の変動が生じている.受容体の数が増えても効果器の新たな作用機序の糖尿病治療薬:SGLT2阻害薬 医薬品として疾患の治療に用いられる薬物には2 つの種類がある.1 つは,疾患において異常となった臓器に作用してその機能を回復させようとする,あるいは代替しようとするものであり,もう1 つは,疾患にともなって異常となった恒常性を正常化することで,病態の改善をはかるものである. たとえば,心不全は心臓のポンプ機能が低下した状態であるが,強心薬は心筋に作用してその収縮力を強める薬物である.一方,心不全において強心薬とともに投与される利尿薬は,心臓のポンプ機能が低下したために体内に蓄積した水分を体外に積極的に排泄することで心臓の負荷を軽減し,結果的に心臓のポンプ機能の回復を助ける薬物である. 糖尿病はインスリンの作用不足によって生じる疾患であり,これまで,インスリン分泌を高めたり,組織のインスリン応答性を高めたりすることで,インスリンの作用不足を改善することを目的とした多くの糖尿病治療薬がつくられてきた.一方,糖尿病にともなう生体恒常性の異常の最たるものは血糖値の上昇であり,これによって多くの病態が形成される.心不全において利尿薬が有用であるように,糖尿病において疾患の本体とは別の部分に作用して血糖値を下げることで異常となった恒常性を回復させようとする薬物としてSGLT2 阻害薬が開発され,わが国では2014 年中に6 製剤が登場する予定である.これらは,腎臓において糖の再吸収を担うSGLT2 (sodium - glucose transporter 2) というグルコーストランスポーターを選択的に抑制し,糖の再吸収を抑えて尿中に糖を捨てることで血糖値を下げ,高血糖状態に付随する病態を改善しようとするものであり,新たな作用機序の糖尿病治療薬として期待されている.近年の創薬では,大規模な化合物ライブラリーをスクリーニングすることが多くなったが,SGLT2 阻害薬は,1835 年にリンゴの木の樹皮から精製された尿糖排泄作用のあるフロリジン phlorizinという天然化合物の長い研究の歴史のもと,フロリジンを改変してSGLT2 への作用を最適化することにより成し遂げられた,薬理学の原点に立ち返った創薬の成功例である.