ブックタイトル向精神薬と妊娠・授乳 改訂2版

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概要

向精神薬と妊娠・授乳 改訂2版

院外自助グループ参加や小集団での認知行動療法などの治療プログラムは免除とした.入院中も過食・嘔吐は持続したが,受容的に接し,禁止等の指示はしなかった.入院後は感情面で比較的安定し,リストカットなどの自傷行為も入院中はみられなかった.退院後,抗酒剤やアカンプロサートなどの薬物療法は行わなかったが,再飲酒もなく経過し,満期出産となった.児に出生時低体重や奇形等の問題はみられなかった.出産後も定期的に通院し,現在(出産後1年3ヵ月)までのところ再飲酒はない.症例解説 本症例はアルコール依存症離脱期(断酒後1週間以内)に初診したケースである.離脱期の治療に使われるベンゾジアゼピン系薬剤については,妊娠中の母体の服用による胎児の口唇口蓋裂の危険性が強調された時期もあったが,最近では比較的安全とされている19).しかし,アルコール依存症者はベンゾジアゼピン系薬剤をアルコールと併用するケースが多いことや,ベンゾジアゼピン系薬剤自体の依存性などの問題もあり,特に本症例のように乱用の既往もあるケースでは処方をなるべく避けるようにする.また,離脱症状治療の視点で見ても,本症例は離脱症状のピークにあたる禁酒後24時間の時点での離脱症状が中等度手指振戦(4点),軽度発汗(1点),軽度の不安感(1点)だけであり,CIWA-Ar 合計で6点にすぎず,薬物療法は行わなかった.心理的アプローチとしては,本人の不安を受容・共感することが原則であり,女性の飲酒やアルコール依存症に対する偏見がある中で病院を受診した勇気を称賛し,医療が回復の助けになれることを言語的・非言語的に伝えることで,離脱からくる不安感を軽減し,治療を継続しやすい医師─患者関係を作っていく.本症例でみられるように,女性アルコール依存症者は男性に比べて飲酒問題の否認は少ないが,自責感が強く自己肯定感が低いため,叱責を避け,よい点を見つけて積極的に褒めるようにしている. 離脱期以降の断酒維持期についても同様であり,心理・社会的アプローチが中心となる.一般的に,アルコール依存症の薬物療法は心理・社会的治療を補助するものであり,効果は限定的である.最も広く用いられているジスルフィラムにしても,断酒率でプラセボ群との差はなく20),新薬であるアカンプロサートも日本での治験成績ではプラセボ群との差は11.2%に過ぎない.特に妊婦については,安全性が確立していない点からも使用すべきでない.このように妊娠中の薬物療法には制約が多く,限界がある一方で,妊娠中の再飲酒は,患者自身のアルコール依存症再燃のリスクになるだけでなく,胎児にとっても胎児アルコールスペクトラム障害fetal alcohol spectrum disorders(FASD)のリスクともなるため,胎児保護の観点からの対応が必要になる.FASD は,妊娠中の母親の飲酒によって胎児に起こるさまざまな障害の症候群であり,小頭症などの奇形,出生時低体重,脳神経へのダメージ,ADHD などさまざまな症状があり,非遺伝性の精神発達遅滞の最大の原因となっている.日本では妊婦の飲酒率は8.7%と比較的低いが21),女性アルコール依存症者では43.3%が妊娠中に飲酒しており22),FASD のリスクは高い.しかし,FASD についての具体的な説明は患者に過度な不安や自責感を生じさせる可能性があるため,妊娠後断酒した場合には,妊娠中にはFASD の説明は通常行っていない.飲酒を継続している場合には,断酒のきっかけとして3 症例(妊娠後に断酒目的入院となった事例)患者年齢 27 歳診断名 アルコール依存症,境界型パーソナリティ障害,摂食障害主 訴 自分で酒が止められない.既往・家族歴 なし.現病歴(患者性格) 会社経営の父親と,専業主婦の母親との間に同胞第三子中第二子として出生.短大時代にダイエットを始めたことをきっかけに摂食障害を発症し,身長160 cm に対し体重が55 kgから最少で42 kg まで減少した(BMI 21.5 → 16.4).当初は食事制限のみだったが,次第に過食・嘔吐も出現.このころより「リスカすると,はっとして,もやもやが取れる」という理由で,ストレスを感じたときなどにリストカットをするようになった. 大学卒業後,不動産会社に就職.過食・嘔吐が続き,嘔吐時の罪悪感や空腹を紛らわすために飲酒するようになり,徐々に飲酒量,飲酒頻度が増大した.25 歳時には不眠,不安感を主訴に心療内科を受診し,ベンゾジアゼピン系薬剤エチゾラム4.5 mg/日,フルニトラゼパム1 mg/日を処方されるようになった.しかし間もなく,アルコールとの併用や複数の医療機関受診による大量処方などのベンゾジアゼピン系薬剤の乱用やセンノシド下剤の乱用が出現し,酩酊時の大量服薬による救急受診を繰り返すようになった. 26 歳時に,妊娠をきっかけに退職・結婚となったが,妊娠中にもかかわらず昼夜を問わない飲酒が続いたことから,夫の強い勧めもあり妊娠5ヵ月目(27 歳)に当院を受診した.初診時所見 身長160 cm,体重45 kg.診察場面では軽度の不安の訴えはあるが表情や口調は落ち着いている.身体所見では,手を前に突き出して分かる程度の軽度の手指振戦と,軽度の手掌発汗があるが,幻聴・幻視,光の過敏性等はなし.最終飲酒は受診24 時間前とのこと.AST 36 IU/L,ALT 24 IU/L,γGTP 82 IU/L(↑),Na 138 mEq/L,K 3.4 mEq/L(↓),Cl 92 mEq/L(↓)治療経過 夫の勧めによる受診ではあったが,初診時より「妊娠中にもかかわらず飲酒してしまい赤ちゃんに申し訳ない」と自責的であり,断酒には前向きであった.治療法については本人の希望もあり,外来での断酒を目指すことになった.他院より処方されているベンゾジアゼピン系薬剤は,主治医が中止を提案し,本人は多少不安を示したものの,最終的に納得したため中止とした.初診翌週の外来では断酒していたが,その後夫に隠れて再度飲酒するようになったため,本人の同意を得て,アルコール依存症専門病院精神科病棟に2週間,飲酒を止める目的で任意入院となった.短期間の入院であることや妊娠中ということもあり,夜間の第5章 症例から学ぶ─精神症状のコントロールと妊娠・授乳 8 アルコール依存症と境界型パーソナリティ障害の重複障害228 229