ブックタイトル向精神薬と妊娠・授乳 改訂2版

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概要

向精神薬と妊娠・授乳 改訂2版

 産後直後あるいは数週間のうちに,急激に興奮性の精神病症状を呈することがある.これは,いわゆる産褥精神病を示している.本疾患は産褥期の精神障害として,産後うつ病とならび有名な精神障害である.出現頻度は,1,000 回の出産に対して1?2回といわれているが,特に過去に産褥精神病エピソードの既往のある患者や産褥精神病を第一親等に持つ双極性障害患者では発症のリスクは高い1).産褥期は,心理的,社会的,生物学的にさまざまな変動が生じる時期であるが,とりわけ出産後の性ホルモンの急激な変動が生じる時期である.本項では,周産期に特有な精神疾患である産褥精神病をとりあげ,本疾患の疾患分類や疫学,臨床症状の特徴,危険因子,治療,予後について概説する.1 疾患分類上の位置付け 分娩後の妊娠や分娩によってもたらされた身体的変化から子宮が妊娠していないときの,月経再開(子宮復古)の状態に戻るまでの期間を産褥期という.通常分娩後6~8週間くらいまであり,この期間比較的重症な精神病が発症することがある.これらの総称を産褥精神病あるいは産後精神病という.しかし,この疾患概念やその分類的位置づけは古くから議論されており,現在も議論の余地が残されている. 産褥精神病はヒポクラテスの時代から知られ,精神医学の疾患概念が特に発展した20世紀前半から半ばでは,循環精神病という疾患の臨床症状との類似性が注目されるようになった2).さらにはその成因の背景や臨床像の特徴,分娩との時間的関連性などを考慮して,独自の病態と考えられた時期もあった. しかし,近年の2000 年以降の米国精神医学会による精神科診断基準に注目すると,DSMIV-TR 3)では産褥精神病は「特定不能の精神病性障害」の中に「産後精神病で,特定の精神病性基準を満たさない疾患」として,あるいは「短期精神病性障害」の中に「周産期発症」として位置づけられている.2013 年のDSM-5 による改訂4)でも,疾患カテゴリーの独立性は否定的である.統合失調症や双極性障害,特定不能の精神病性障害などが産褥期という特定の期間に発症したとの立場にある1,5,6).これは,「産褥または産後」という特定用語を使用する根拠が乏しいとの主張が反映されている. WHO のICD-107)では,歴史的に欧州における産褥精神病に対する関心の高さの影響もあり8),F53 コードとして「産褥に関連した精神および行動の障害」が設けられている.しかし,産褥精神病の疾患独立性を支持するまでには至っていない.このコードは病態が統合失調症や双極性障害に該当しないことが条件であり,除外診断的要素が強い.このように疾患の独立性が担保されない背景の大きな理由の一つとして,生物学的な関連性を示すエビデンスが十分ではないことがあげられる. 疾患の独立性に関する課題を述べたが,「産褥精神病,産後精神病」という概念は国内外でも臨床レベルでは今も広く認知されている.そこで,最近の産褥精神病に関する国内外の総論1,2,5,6,9,10)を踏まえ,その特徴を概説する.2 発症の関連要因 病因について,産後の環境面の変化に伴う心理的要因,妊娠から出産に至るまでの身体的疲労,そしてホルモンバランスの乱れなどの生物学的要因があげられる.出産,育児に関わるさまざまな心理的要因は,産褥精神病だけではなく産後うつ病にも大きな影響を与える.生物学的要因として,産後はエストロゲンやプロゲステロンなどの女性ホルモン濃度が著明に減少する.エストロゲンは妊娠中の20 分の1にまで低下する5).しかし,産褥精神病患者が上記の変動を超える異常なホルモン変動を起こすというより,正常なホルモン変動に対する脆弱性を有している可能性が指摘されている.例えば,この変化が精神病発症に関連の深いドパミン過感受性に影響を与えるとの指摘もある5).また,女性ホルモンの変動だけではなく,自己免疫性甲状腺機能不全との関係を指摘する報告もある5).甲状腺機能に関与する自己免疫系システムの障害が,産褥精神病の発症に影響を当てている可能性がある. このほかに,遺伝的関与も指摘されている10).特定されていないが,双極性障害の家族歴を有する患者や産褥精神病の既往のある患者でリスクが高まることから,疾患脆弱性の存在とそれに関連する遺伝的多型性の存在が研究されている. 産褥精神病の発症リスクに関連して,産科的要因(妊娠合併症,分娩合併症,妊娠週数,帝王切開,児の性別など)がいろいろと検討されている.中でも初産や帝王切開がリスクを高めるといわれている1,6).初産でリスクが高まる背景は明らかではないが,初産婦と経産婦の間のホルモン動態や心理的ストレスに相違があると推察され,心理的負荷の増大が発症に関与している可能性がある11).3 臨床的特徴 Boyce ら5)は,産褥精神病の特徴の一つとして分娩との時間的関連性をあげている.Heronら12)の後方視的研究ではおよそ7割の患者が分娩後1週間以内に発症しており,早ければ分娩後数日以内に発症することもある.DSM-5 では分娩後4週以内,ICD-10 では6週以内に発症する精神病状態を診断基準としている.この発症リスクの高い時期を治療者が認識することにより,早期に治療に取り組むことが可能となる. 病像の特徴としては,1)ほぼ前駆症状がない急性の発症であること,2)病像の悪化が急速であること,3)症状は非常に動揺性であること,4)感情・情動面の波が激しいことがあげられる6,9).また,精神症状の内容に注目すると,さまざまな多型性が認められ単一1 産褥精神病1 産褥精神病142 143