ブックタイトル向精神薬と妊娠・授乳 改訂2版

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概要

向精神薬と妊娠・授乳 改訂2版

1 妊婦への薬物治療の考え方 薬剤を投与すべきかどうかは,そのメリット(効果)とリスク(副作用)のバランスをみて判断される.妊婦・授乳婦に対しても「リスクを考慮しても薬剤を投与することにより得られる効果が病態の改善にとって必要である」と判断したときにのみ処方するという点では同様である.妊婦・授乳婦で特別なのは,母親へ薬剤投与を行うことにより薬剤を必要としていない胎児・乳児にも薬剤が投与されることになり,児にとっては副作用のリスクのみが負荷されることになるわけである.しかし,母体環境が胎児の成長・発達に重要なのは当然のことであり,母体環境を向上させるために必要な薬剤を使用しないことによるリスクがあることも認識する必要がある. 妊娠初期に薬剤に曝露されなくても,流産や児の先天異常の自然発生率はそれぞれ約15%,2?3%と言われている.たまたま妊娠中に薬剤を使用していた場合,その薬剤が原因と思われがちである.母親や処方医師が後悔をずっと引きずらないためにも,妊娠中は安易な薬剤使用は避けるべきであるが,投与せざるを得ない場合には安全性が高いと思われるもの,添付文書で有益性投与になっているものを優先する.添付文書は薬剤が治験により安全性,有効性を確認され,発売される際に作成されるものであるが,倫理的に妊婦を対象とすることは不可能であり,発売される段階で得られている安全情報はほとんどの薬剤が動物実験結果のみである.後述するが,動物実験結果を根拠に妊婦禁忌となっている薬剤が少なくない.このような薬剤を使用中に偶発的に妊娠してしまったときや母体管理のために使用せざるを得ない場合は,特に的確な情報収集とリスクコミュニケーションスキルを駆使して対応する.妊娠中の薬剤使用における安全性の考え方 まず,われわれから「妊娠中の薬剤使用=奇形」という先入観を取り払う必要がある.先天異常(奇形)の自然発生率(ベースラインリスク)は全分娩のうち2?3%であり,そのほとんどが薬剤とは関連していない.すなわち,薬剤を使用しようとしなかろうと3%前後に先天異常は発生している事実を,医師も患者も知っておくべきである.ちなみに,自然流産の発生率も約15%である.一方,奇形のほうから見ると,薬剤が原因とされるものはわずか1%以下である.この1%以下という中に,抗てんかん薬のようにリスクが明らかでも服用しながら妊娠を継続せざるを得ないケースも含まれているということを考えると,薬剤が原因の先天異常がいかに少ないかがわかる.また,リスクのある薬剤を使用したまま妊娠してしまった場合にも,10%を超えて先天異常を生じる薬剤はわずかであり(表1-1)1),安易な中絶に導かないようにしなければならない. ほとんどの薬剤で,生殖発生毒性試験の結果を参考に添付文書の「妊婦,産婦,授乳婦への投与」の項は書かれているが,動物実験結果をヒトに適用する(外挿)ことには限界があることを認識しなくてはいけない.ある調査で,ヒトで先天異常を起こすと報告されている薬剤の動物実験における偽陰性は3%,ヒトで先天異常がないと考えられている薬剤の偽陽性は72%であったと報告されている2).催奇形性物質が動物実験で偽陰性となる可能性がゼロでない限りは,添付文書で「有益性投与」であっても,ヒトでの使用経験がほとんどない発売直後の薬剤を妊娠中に使用するのは避けたほうが無難である.一方,添付文書は危険度を上げる際には俊敏に動くが,禁忌から有益性投与になることはめったになく,動物実験を根拠にいつまでも妊婦禁忌の薬剤が存在する.妊娠していると知らずに禁忌薬を使用してしまったあとで妊婦禁忌の薬剤を服用したと知り,不安を募らせることになる.添付文書は「投与上の注意」でありながら,妊娠中と知らずに使用した場合の「安全性の根拠」として使われることが多いにもかかわらず,そのような対応はされていないからである.この問題を解決するためには添付文書の書き方の根本的な見直しが必要として,長い間研究班で議論されてきた.この研究班では,最終的にSEA-U(S:疫学研究,E:臨床経験,A:動物実験,U:有用性)分類を提言した3)が,疫学研究がない薬剤が多い,経験を客観的に示すための元データがない,などの理由からその採用は難しいとの判断がされた.その代わりに,日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会が編集・監修した『産婦人科診療ガイドライン産科編2017』4)に「添付文書上いわゆる禁忌の医薬品のうち,妊娠初期に妊娠と知らずに服用・投与された場合でも,臨床的に優位な胎児リスク上昇はないと判断してよい医薬品は?」というクリニカルクエスチョンの項目を設けて,該当する薬剤を表にしている. 薬剤をヒトで使った場合に安全かどうかは,ヒトでの使用経験から判断するしかない.当然ながら,発売後すぐに出てくるヒトでの使用経験は症例報告である.類似したパターンの異常が複数出ればそれはリスクを示唆することになるが,単発的な異常や少数の健常児出産の報告はリスクや安全性の証左にはならない.この領域では,300 例以上を対象とした疫学1 母性内科領域の基礎知識表1-1 頻度を基にした催奇形性リスクによる分類リスク薬 剤高頻度(> 25%) サリドマイド,男性ホルモン,タンパク同化ステロイド中等度頻度(10?25%)ワルファリン,ビタミンA 誘導体,d- ペニシラミン,ミコフェノール酸モフェチル低頻度(< 10%)抗てんかん薬(バルプロ酸ナトリウム,カルバマゼピン,フェニトイン,フェノバルビタール,プリミドン),抗腫瘍薬,メトトレキセート,ミロプロストール,チアマゾール,炭酸リチウム(文献1より引用,一部改変)1 母性内科領域の基礎知識2 3