このページは,雑誌「治療」の連載記事(2004年6月~2006年3月)を公開したものです.
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外国での利用例 ─アメリカでのケース─

現在,日本でもかなり普及しつつあるPDA(personal digital assistance)ですが,日本ではザウルスやポケットPC,それから何よりも携帯電話の高機能化がめざましいことだと思います.さてこちらアメリカでは,携帯電話の機能は日本の2年遅れ,まだカメラ付き携帯が自慢になるくらいです.PDAといえば,近年ポケットPCの躍進はめざましいですが,今でもPalmOSを採用しているPalmのことを指します.最近では,TreoというPalmOSを採用している携帯電話(もしくは携帯電話付きPalm)も人気を博していて,まだまだしばらくはPalmの時代が続くことかと思われます.

さて,今回の連載6回目ではPalm発祥の地アメリカにおけるPalmの使用状況についてレポートします.Palmは医療用のフリーソフトが多いこともあり,アメリカの医療現場で広く使われています.

また,医師だけではなくてコーディネーターや栄養士の人たちも使っています.同僚でPalmを持っていないと「君はPaper Ageだね」と言われたり,ちょっと小ばかにされるくらいです.

アメリカの医師はいくつもの病院を掛け持ちしたり,頻繁に移動したりするので,それぞれの病院情報,たとえば電話番号などをPalmに入れて,移動するときは赤外シンクで情報を送ってイッチョ終わりというような場面も見られます.また,個人が使うということはありませんが,採血機のバーコード読み取り機がPalmOSだったりしてうれしくなることもあります.

1.どういうことに使っているか

パームがどのように使われているかというのを,あるレジデントの例を取ってみてみましょう.

朝病院に着いたら,まず今日の手術予定を調べます.Intelisyncで予定表をパソコンのOutlookから読み込みます.そして病棟の患者さんの状態のチェックです.HanDBaseのPatient listに患者のデータが入っているので,チェックします.新しい患者の症状から,標準的な治療法を5MCCで調べます.薬の処方を出さなければいけませんが,容量はいくらだったっけ? ePocratesで容量・用法を調べます.検査結果はHanDBaseのlabValueでチェック.血培の結果が陽性だ,抗生剤を決めなければいけないから,JHAbx Guideでチェック.クレアチニンクリアランスを計算するのにMedCalcを開きます.治療のプロトコールはメールで送られてきたMS-Wordのプロトコールを,Document to goで読み込んであるから大丈夫です.感染症科のコンサルトを頼むのに,前のレジデントからビームしてもらったアドレス帳で電話をします.午後の手術記録は,HanDBaseに記録しておきます.こうすると後で調べるのも簡単です.重要なことはVoiceMemoで記録しておきます.同僚に「家族の写真を見せてよ.」といわれれば,Photosに入っているjpegファイルを見せます.

アメリカの医療の特徴としてEBMに代表されるような,できるだけ標準的な治療,もしくはプロトコールを適用するということがあります.病院では多くのプロトコールが作られ冊子が配られたりしますが,そんなものをポケットに入れていたらきりがありません.また,回診時や説明するときにも細かい数字がすぐに出てくる必要があります(基準値はいくつだから,この場合はこれを適応する等).それをいちいち覚えておくのも大変です.

  1.治療法を調べる
  2.治療薬を調べる
  3.感染症を調べる
  4.用語を調べる
  5.記録をつける
  6.計算をする

そんなことが,みなさんが白衣のポッケに入れているぐらいの,手のひらサイズの電子手帳でできるとしたらどれだけ便利でしょう.

最近のPalmにはカメラやボイスメモの機能がついているのが一般的なので,記録を取るうえでも便利です.

2.どんなソフトを使っているか

さて,みなさんが一番知りたいのはいったいどんなソフトを使っているかということではないでしょうか?広く普及しているのはいわゆるフリーのソフトです.アメリカでよく使われているソフトについて紹介したいと思います.

A.治療法を調べる

最近流行かと思いますがEBMに沿った治療が好まれます.また,治療法がプロトコールになっていることが多く,「私の治療指針」ではなくて,「標準的な治療方法」が,ぱっと数字とともに出てくることが大切です.そんなときに,分厚い教科書が丸ごとはいるPalmは非常に便利です.その中でも代表的なソフトを紹介しましょう.

The 5-Minute Clinical Consult 2004(シェア $64.95)

日本で言うところの「今日の治療指針」にあたる本の,Palm版です.Sky Scape版は検索もしやすくできていて,自分の専門以外の病気にあたったときに,調べるのに重宝します.デスクトップとのシンクロナイズするときに自動的にアップデートもしてくれます.少々高いですが,もっと早く買っておけばよかったと後悔している一品です.

B.治療薬を調べる

ePocrates Ver. 6.0(フリー)

アメリカの医学関係者がなぜPalmを使っているかといったらこのソフトが無料で手に入るからと言っても過言ではないでしょう.これは,「今日の治療薬」の英語版というものです.

最近Ver.6.0にアップグレードしましたが,内容はほとんど変わっていません.このバージョンになってから有料版のPro($49.99/年)というものもできて,以前は無料だったID(感染症)の抗生物質リストは,有料版のみにバンドルされるようになってしまいました.もともとそんなにできがよいソフトではなかったのですが,残念です.

最近では,5-minuteシリーズと合体したePocrates Essentialsという,スィートとも呼べるソフトが出ていますが,こちらは高い($140)ので持っている人を見たことはありません.

また,ePocrates Med-Toolsという,薬屋さんがスポンサーになっている小物ソフトがフリーで手に入ります.これには高血圧,高脂血症,精神病のガイドラインとGFR計算ソフトがついてきます.

C.感染症を調べる

Johns Hopkins Antibiotic Guide Ver. 2.0(フリー)

こちらで抗生剤を使用するときに,何となく「チエナムにしておこうか」ということをすると,コスト意識が高いので「適応は?」と,つっこまれることになります.

そんなときに,抗生剤の適応を調べるのに便利な,Johns Hopkins大学の感染症科で出している抗生剤リストです.最新のガイドラインに即した抗生剤の使用法が,症状,病原体,抗生剤からそれぞれ引くことができます.抗生物質リストとしてはSanford handbook「熱病」がハンドブックとしては有名ですが,こちらのPalm版は有料($25)になります.無料のものとして,以前はePocrates IDがあったのですが,現在は有料版のみにバンドルされています.私のいる移植外科は感染症科のような一面もあるので感染症ハンドブックも手放すことができません.

D.用語を調べる

Eponyms Ver. 1.82(フリー)

Rovsing's sign,Virchow's nodeなど人名のついたテストや症候群はなかなか覚えにくいものです.語呂合わせで覚えるのもスマートではありません.そんな医学用語を検索するソフトです.こまめにアップデートされています.

MedRules Ver. 3.3(フリー)

EBMの流行っているアメリカでは,「何とかスコア」というのを持ち出して,「これは何パーセントの確率で‥‥」ということが多いです.最も,GCSくらいなら覚えられますが,何個も覚えていられません.そんな,スコアを計算してくれるパームウェアです.出典も記載されていますが,ルールそのものも説明されていると便利でしたね.

E.データを整理する

HanDBase Ver. 3.0

汎用のデータベースソフトです.コンピュータ上のデータベースとしてはFileMakerが有名で,Palm版もでていますがそれほど普及していません.それは,このソフトがユーザーによって作られた,アプレットと呼ばれているでき合いのデータベースが充実しているからです.とくに医学用のアプレットはかなり充実しています.よく使われているものとしては場所柄スペイン語辞書(Medical Spanish)や略号辞典(Medical Abbreviation),ACLSのプロトコール(ACLS Protocols),検査値(Lab Value)や心作動薬(Cardiac drip)などがあります.これらのアプレットは上記のHPからダウンロードができます.自分でも簡単にデータベースを構築することができるので,手術記録をはじめとして多用しています.

F.計算をする

MedCalc Ver 5.1(フリー)

日常的に薬の量を導き出すために,体表面積や,理想体重,クレアチニンクリアランスなどの計算が必要になります.そんなときの医学用の計算機で,体表面積などが簡単に計算できます.このソフトはインチ表示にもメートル表示にもどちらでも使えます.同様のソフトにMedMathというものもあります.

また,ICUの検査に特化したICU Mathなどもあります.

G.辞 書

これはアメリカ人ではなく私が使っているのですが,一番重宝するのが日本語版のPalmには英和・和英辞書が標準で入っていることかもしれません.残念ながら英語版のパームでは標準では入っていません.そこで,PocketLingo liteは値段も安いながら発音記号も表示されるので,発音の悪い私にとっては大切な辞書です.

H.記録をする

カメラ付きの機種ならば,そのまま記録を取ることができますし,以前はボイスレコーダーを別に持っていたのですが,最近の機種にはこの機能が内蔵されているので,ボイスレコーダーを別に持ち歩く必要がなくなりました.

3.デスクトップとのシンクロ

もちろん,Document to goでコンピュータ上のデータを閲覧することができますし,またPalmには予定表が入っているのですが,Intellisyncなどのソフトを使うと,Outlookと同期させることができます.うちの病院では外来予定や手術の予定はOutlookで配信されるのでそれをPalmに取り込んで活用している同僚もいます.

4.Web上のPalm

ウェブ上で医学用のソフトを検索するには医学専用ではないですが,医学用のソフトも充実しているPalmGear.com.医学用のソフトとしてはpdaMD.com Healthy Palmpilotなどが充実しています.

5.日本で使うには

現在,アメリカの医療現場で多用されているPalmの主力ソフトは,もちろん英語ですし,ePocratesなどは非常にいいソフトなのですが,薬の商品名がアメリカのものになっている(セルシンがValiumとなるなど)のでそのままでは使用できません.

ただし,計算機系のソフトや,データベース系のソフトは日本でも使用することができるのでぜひ活用したいところです.また,MedCalcはこの連載を行っている松山先生より,日本語化のローカライザーが提供されています.アメリカのパームウェアは製薬会社がスポンサーになっているものもあり,ぜひともどちらかの会社がePocratesの日本語版を無料で配布してくれるようにならないでしょうか.

おわりに

Palmのこれからには,ソニーがアメリカ市場から撤退し,また,PalmOneが日本市場で新型機種を発売しないことから,直接アメリカでのパーム事情が日本に通用するわけではなくなりました.しかし,最初はグラフティなどのとっつきにくい点があるかと思います.それでも,Palmは日々の病院の業務を効率的によりミスを少なくすることができると思います.すでに,一部の病院では電子カルテ化やPalmを使って患者管理をしているところもあります.

現在のアメリカのPalm状況に関しては,私のサイト「ダラス通信」で更新しています.最新情報に関してはこちらをご覧ください.

(参考URL)
1)The 5-Minute Clinical Consult 2004:http://www.5mcc.com/
2)ePocrates Ver. 6.0:http://www.epocrates.com/
3)Johns Hopkins Antibiotic Guide Ver. 2.0:http://hopkins-abxguide.org/
4)Sanford handbook「熱病」:http://www.sanfordguide.com/
5)Eponyms Ver. 1.82:http://eponyms.net/eponyms.htm
6)MedRules Ver. 3.3:http://pbrain.hypermart.net/medrules.html
7)HanDBase Ver. 3.0:http://www.ddhsoftware.com/
8)MedCalc Ver 5.1:http://www.med-ia.ch/medcalc/
9)MedMath :http://smi-web.stanford.edu/people/pcheng/medmath/
10)ICU Math:http://hometown.aol.com/usercs8046/myhomepage/index.html
11)PocketLingo lite:http://www.pocketlingo.com/
12)Document to go:http://www.dataviz.com/products/documentstogo/index.html
13)Intellisync:http://www.pumatech.com/is_desktop_main.html
14)PalmGear.com:http://www.palmgear.com/
15)pdaMD.com:http://www.pdamd.com/
16)Healthy Palmpilot:http://www.healthypalmpilot.com/
17)ダラス通信:http://www.dallastsushin.com/