このページは,雑誌「治療」の連載記事(2004年6月~2006年3月)を公開したものです.
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Palmってなんだ?

もはや遠い昔,研修医だった頃のお話.腎臓グループの研修で大変だったのは,毎朝尿沈渣を顕微鏡でのぞくこと以上に,クレアチニンクリアランスを計算することでした.カシオのプログラム電卓を病棟に持ち込み,計算式を登録して,簡単に計算ができるようになったとき,「文明の利器」という言葉を思い出しました.

時には10人以上の患者さんを抱え,毎日の検査オーダーや指示出しが山積み.大学ノートに週間予定を書いてはみても,しばしば予定が変更になり,結果として検査オーダーを出し忘れて,指導医に叱られることも少なくありませんでした.発売間もないノートパソコンを手に入れて予定の管理をしてみたものの,今と違ってまだまだパソコンが重くて携帯性が悪く,気軽に病棟で作業をする,というまでは使いこなせないでいました.もっと便利な方法はないのか,そんなことを考えても答えは存在しない時代でした.

時が過ぎ,いくばくかの収入を得るようになって,コンピュータもけっして一部のマニアが使うものではなくなり,どこに行ってもありふれた文房具のように見かけられるようになったこの頃.欲求は高性能へと向かいながらも,一方でもっと手軽に使えないんだろうか,と感じることもあります.基本的な要求は,多分研修医の頃感じたことと大して違わないのかもしれません.そんな中で出会ったのが,携帯情報端末のPalmでした.昔一緒に働いた上司に見せられた1台のPalmから,新しい世界は広がっていったのです.

1.Palmって何?

Palmはいわゆる「携帯情報端末」PDA(Personal Digital Assistant)と呼ばれる,手のひらにすっぽり収まる小さな個人情報管理ツールの一つで,Palm OSという,Windowsよりもはるかに動作が軽い基本システムを載せた機種の総称です.アメリカのPalm社が最初に発売したことから,基本ソフトが同じものを総称してPalmと呼ぶようになりました.その使いやすさが評価され,最近では電話との融合型(スマートフォン)も人気となり,現在でもPDA市場の多くを占めています.

PDAはノートパソコンからキーボードをなくして(付いている機種もありますが),もっと小型にしたものと思ってよいかもしれません.大抵の機種は,手のひらの中に収まる大きさです.当然携帯性は高いのですが,さらにパソコンに比べてソフトの起動は一瞬で,使いたいときに電源を入れてすぐに使える,という利点があります.またいろいろなソフトを追加したり,無線LANや外部メモリを使えるようにするなど,拡張性も悪くありません.最近はカメラが付いたり,録音・再生機能の付いた機種,前述のように電話機能を搭載した機種も登場しています.

PDAにはPalmの他にも,Windowsによく似た基本ソフトを使うPocket PCと呼ばれる機種や,日本独自のZaurusという機種があります.

どの機種にも,予定管理・To Do・メモ・住所録といった基本的な個人情報管理ツールは必ず搭載されています.これらのツールで扱う情報は,ボタン1つでパソコンに取り込むことも可能です.

いずれも携帯性にそれほどの差はありませんが,バッテリーの稼働時間,ソフトの充実度合い,ユーザーの多寡によって,どれを選ぶかが決まってくるでしょう.Zaurusは残念ながらそのソフトの充実度,特に医療関係のソフトでは,他の2機種に後れを取っているようです.

それではPalmとPocket PCのどちらを選ぶか,ですが,業務用としてはPocket PCが好まれているようです.Windows CE(Windows Mobile)という,Windowsとよく似た基本システムが動いており,WordやExcelとの連携がよく,Windows系のソフトと同じような環境で開発ができます.しかし個人が使う場合は,ユーザーコミュニティの充実度から,Palmにも大きなアドバンテイジがありそうです.もちろんWordやExcelのデータも扱えます.

2.はじめてPalmを見たときの印象

最初はPalmなんて,雑誌で見かけても全く興味がありませんでした.Zaurusにしても,Palmにしても,電子手帳とどう違うのか,その違いがよくわかりませんでした.周りで持っている人もほとんどいないし,電子手帳以外に何に使えるのかもよくわからない.スケジュールと住所録とTo Doリストなら,胸のポケットに入っている製薬会社からもらったポケット手帳で十分じゃないか,そんな風に思っていました.

あるとき,昔働いた病院の上司に会った際に,「最近はもう,これだけ」と言って彼がポケットから取り出したのが,黒く鈍く光る1台のPalmでした.「会議のスケジュールも,電話番号も,何もかもこれだけで間に合う.」

手にしてみると,思ったよりも軽い.画面も意外と大きい.スケジュールや住所録の表示も,ポンポンと切り替わってコンピュータよりもはるかに反応が良い.

でも,手帳ならばもっと軽いわけです.スケジュールも住所録も,すぐに広げられるし,すぐに内容を読むことができます.わざわざ機械にする必要なんてないじゃないか.そんな疑問を口にすると,彼はちょっと得意そうに言いました.「必要なソフトを加えていって,自分で好きなように使いやすいようにいじれるんだよ.コンピュータ好きな先生なら,てっきりもう持ってると思った.」心が動いたのは,この一言でした.「え? Palmって,ソフトを追加できるの?」

そう,それがPDAと電子手帳との最大の違いだったようです.いろいろなソフトを入れて,好きなようにカスタマイズできる.コンピュータのように自由でありながら,もっと手軽に使えて,起動も早い.インターネットの世界に,有料・無料で公開されているソフトは,仕事に絡んだものから,旅行に便利なソフト,果てはゲームまで,とてもカバーできないほど多岐に及んでいる.そしてその多くが,データをパソコンと連携して管理できる.Palmの世界をのぞいていくと,確かにモバイル・コンピュータとは違った面白さ,便利さがありそうでした.

そうして気がついたらPalmの虜になって,胸ポケットからは手帳が消えたのでした.

3.Palmにはどんな機種がある?

少し前までは,日本でも本家Palm社をはじめとするいくつかの会社からPalmが発売されていました.しかしその頃はけっしてPalmが普及しているとは言えず,その後訪れたPDAブームでは,SONYがCLIEシリーズを発売し,多くのファンを獲得しました.

ところが携帯電話の普及した国々では,PDAと携帯電話の差別化が不明瞭で,やがてPDA市場は縮小していきました.Windows Mobileの普及も,相対的にPalmの優位性を低下させる原因となりました.CLIEシリーズは2005年夏に発売終了となり,現在日本で入手できるPalmは,一部の中古機材をのぞけば,すべてアメリカからの輸入版となりました.もちろんアメリカではまだ,Palm社から各種発売されていますので,これらを輸入して日本語化し利用することになります.

よく「どのPalmを選べばよいでしょうか」という質問を受けますが,こうした現状では,これはとても難しい質問かもしれません.機械いじりが好きで,人の持っていないものを持つことに喜びを感じるなら,アメリカで市販されているPalm社のTungstenシリーズなどを,個人輸入するかPalm専門店から購入して,日本語が使えるようにカスタマイズするのが楽しいと思います.シンプルな機能ですが,とても使いやすいと評判です.

もし海外によくでかけることがあるなら,電話機能を搭載したPDAと電話の融合型であるスマートフォンの代表,Treoシリーズが便利だと思います.事前の準備が必要ですが,多くの国々で電話として利用可能です.実際のところこのTreoは,現在のPalmシリーズの最も人気の高い機種で,今後はこのシリーズを中心に発売されていくだろうと考えられています.

PDAでは多くの機種でキーボードがありません.Palmの場合,文字の入力は手書き文字を認識させる方法か,Graffitiと呼ばれる一筆書きのアルファベットを使ったローマ字入力が原則になります.画面にキーボードを表示させて文字入力をする方法もありますが,Graffitiに慣れるのはそう難しいことではないと思います.それでもキーボードが欲しい,と思われるかたは,このTreoならば意外と使いやすいキーボードが付いています.日本語を扱いたい場合は,日本語化の作業が必要です.

これに対し,「日本語化はよくわからないし,すぐに使いたい」というかたの場合は,あらかじめ日本語化されて発売されている輸入版Palmか,中古のCLIEからの選択になります.もし中古が気にならないのであれば,SONYが発売したCLIEシリーズでも特に評価の高かった,TH55(一番最後に発売された機種です)を探されてみてはいかがでしょうか.PDAを取り扱っているショップなどに,ときどき中古が入庫しています.インターネットで検索してみると,それなりに見つかると思います.

日本語化された英語版Palmも,いくつかあるPDA専門店から入手可能です.個人輸入して自分で日本語化するよりも若干値段が高くなりますが,手間はかかりません.

4.医療の現場でどう使うか?

情報ツールとしてのPalmに何を求めるか,これは人それぞれかもしれません.

筆者はまず,胸のポケットにある,製薬会社からもらった手帳との置き換えで始まりました.予定表も住所録もすべてPalmへ.これにTo Doを加えて,Palmを見れば,とりあえずすべき事柄がすべて一覧できるようになりました.パソコン上でも同じ情報が見られるように,定期的にデータの同期をしています.また携帯電話とPalmの住所録も,同じものが見られるように同期しています.これでPalmさえ持っていれば,出先でもどこでも,スケジュールを含めたすべての必要な情報が手に入るようになりました.なにより,更新や修正がとても簡単で,これだけでもPalmを持つ価値はあるとさえ思います.

医療関連のソフトには,「今日の治療薬」や「ステッドマン医学大辞典」といった辞書類のほか,肺機能や小児の身長等を評価する各種医療計算ソフト,微量点滴を行うときの計算ソフト,年齢早見表,Pediatric ICUで必要な情報をまとめたソフト,さらにThe 5-Minute Pediatric Consultのような教科書ソフトなどがインストールされています.これらのソフトにより外来で,病棟で,必要なときに必要な情報にアクセスできますから,重い本を持ち歩いたり探したりする必要はなくなりました.もちろん電卓も不要です.

さらに最近は,研修医時代からシステムノートに書きためたさまざまな診療メモをパソコン上でhtml文書化して,Palmに持ち込んでいます.診療メモをPalmでどう扱うかはとても悩みの種だったのですが,Webの掲示板で教えられたhtml化(インターネットエクスプローラーでWebを見ているような形をご想像下さい)というアイデアによって,図や表まで一元的に扱えるようになりました.これは予想以上に便利で,最近は時間を見つけては,この診療メモの充実をはかっています.力作(?)と気に入っているのは,感染症情報センターのイラストを元にした,予防接種スケジュールの一覧表ですが,最近の改訂に対応できていないのが悩みです.

最近は診察室の机にパソコンが置かれ,各種の情報をそこから容易に取り出せる環境を手にしていらっしゃるかたも少なくないようです.オーダリングシステムや電子カルテが稼動している場合もあるかもしれません.なかには,診察室から動かなければPDAは不要,と思われるかたもいらっしゃるかもしれません.スケジュールや住所録は持っている携帯電話でも十分.でも本当にそうなのでしょうか?パソコンにはパソコンの,PalmにはPalmの,それぞれ得意なところと不得手なところがあります.それを見極めて使い分けることで,今より快適な環境を手にすることができるのではないかと思います.

Palmのメリットは,パソコンのデメリットを解消する点かもしれません.携帯性・起動の軽快さ・各種医療関連ソフトの充実など,Palmならではのメリットがありそうです.

今後の連載の中では,パワーユーザーの一例や,海外での利用例などもご紹介したいと思います.まず次回は,予定表などの基本ソフトについてのまとめを予定しています.何かご不明の点がありましたら,筆者までご連絡下さい.また少しでもPalmに興味をもたれたかたは,ぜひ筆者のWebを訪れていただけたら幸いです.

筆者のWeb:「Palmのページ」
http://www.lab.toho-u.ac.jp/med/peds/palm.html