妊婦の精神疾患と向精神薬

妊婦の精神疾患と向精神薬

書評

妊娠・出産とこころの問題にまつわるあらゆる疑問を解く医療スタッフ必携の書

渡邊 衡一郎 先生(杏林大学医学部精神神経科学教室 教授)

 妊産婦加算が産科・精神科で保険制定されたことからもわかるように,妊産婦の精神科疾患が注目を集めている.精神科疾患を持つ女性が妊娠を考えた場合,さらに妊娠が判明した場合には,医師として薬物をどう捉えるべきか,また薬物の胎児や初乳への影響などを当事者に詳細に説明する必要がある.しかし,“妊娠と薬物の関係”について,エビデンスは散見されるものの,具体的な推奨が記載された成書というのはほとんど存在しない.頼りにしていた米国食品医薬品局(FDA)も,薬剤のラベリング(C:動物実験では胎児への有害作用が証明され,妊婦への研究が存在しないが,潜在的なリスクがあるにもかかわらず妊婦への使用が正当化されることがありうる,D:ヒト胎児のリスクを示唆する明らかなエビデンスがあるが,潜在的なリスクがあるにもかかわらず妊婦への使用が正当化されることがありうるなど)の記載がなくなり,個々のエビデンスと一部の向精神薬が記載されるのみとなってしまった.われわれ医師が正確に理解し、信頼できる指標が待ち望まれる中,本年待望の指南書が上梓された.それが本書である.
 本書は,2014年に発刊された“Psychopharmacology and Pregnancy, Treatment Efficacy, Risks, and Guidelines” の翻訳書である.まず,本書が他の成書と比較して優れている点は,薬物療法の推奨が記載されているだけでなく,それをどのように当事者に説明するべきかについても丁寧に記述されていることである.例えば,“インフォームドコンセントの重要性”の章では,そもそもインフォームドコンセントとはどういうものであり,どうあるべきかから始まっている.このように,改めて基本を丁寧に説明した上で実臨床にいかにして活かすか,という流れで記載されている.エビデンスだけでなく,基礎知識の解説も充実しており,例えば胎盤の働きのような基本に立ち戻る話題からエピジェネティクスのような最新の話題についてまで,分かりやすく論じている.こうした基礎知識を十分に理解させた上で,抗うつ薬のとらえ方,薬を続けることの利点や起こりうる合併症,さらに一つひとつの薬の問題についても論じている.また,疾患単位でもうつ病,双極性障害,統合失調症だけでなく,パーソナリティ障害や摂食障害などにも話題を広げ,基本から応用までこの一冊で網羅している.
 “妊娠と向精神薬”の研究においては結論がさまざまであり,時に臨床家を悩ます一因となっているが,それについても臨床試験のデザインや対象,方法論の違いについて説明し,その結果をどう読み解くべきかを解説しており,大変役に立つ.話題の産後精神病にも焦点を当て,最後は補完代替医療にまで触れており,評者は本書ほど包括的な書籍はこれまで見たことがないように思う.
精神科医が診療を行う上で,あるいは産科医が精神科疾患例に遭遇した場合,当事者や家族とどう取り組むべきかについて非常に有意義な判断材料を提供してくれる本書は,当事者に関わる助産師,薬剤師を含め,あらゆる場面で重宝され,多くの人にとって必携の書となることは間違いないだろう.