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いまどきの依存とアディクション

プライマリ・ケア/救急における関わりかた入門

1版

国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部 部長/自殺予防総合対策センター 副センター長 松本俊彦 編集
宮崎医院 院長 宮崎 仁 編集

定価

3,300(本体 3,000円 +税10%)


  • A5判  256頁
  • 2015年6月 発行
  • ISBN 978-4-525-20291-0

泥酔患者,アルコール性肝炎,処方薬・市販薬の乱用,ストレス性胃潰瘍の背後にある配偶者の暴力…地域医療の現場には多くのアディクション問題がありますが,アディクションは,先生方が毎日診ている糖尿病や高血圧と同じ生活習慣病でもあります.本書を読んで,関わり方の基本を身につけ,次の社会資源に上手につなげるようになりましょう.

  • 目次
  • 書評
  • 序文
目次
Part Ⅰ
こんなとき,どうする? PC医が依存とアディクションに出会ったら
1.アルコール
 Case A 内科外来で 健康診断で肝機能異常を指摘
 Case B 内科病棟で アルコール依存症患者が内科疾患で入院して来たら
 Case C 救急外来で 酩酊して外傷を負った問題飲酒/アルコール依存症患者を診た
 Case D 家庭医の外来で アルコール依存症患者の暴力のためうつ状態になった家族
2.危険ドラッグ
 Case A 内科外来で 突然危険ドラッグの影響に関する健康相談を受けた
 Case B 救急外来で 危険ドラッグ使用者が錯乱して運ばれてきた
3.危険ドラッグ以外の違法薬物
 Case 救急外来で 覚せい剤の使用が疑われる患者を診た
4.ベンゾジアゼピン系抗不安薬・向精神薬
 Case 内科外来で 初診の患者からハルシオン®の処方を求められた
5.非向精神薬/OTC薬
 Case A 内科外来で 頭痛薬依存が疑われる患者に遭遇した
 Case B 薬局で OTC薬依存が疑われる客に遭遇した
6.その他のアディクション(「過程嗜癖」をめぐる問題)
 Case A 内科外来で リストカットをしている女子高生を診た
 Case B 家庭医の外来で 病的ギャンブリングが疑われる主婦に遭遇した
 Case C 内科外来で ネットゲーム依存が疑われる高校生を診
 
Part Ⅱ
装備ゼロからはじめる依存/アディクションへの援助
1.患者に対する援助
 A.患者に接するときの基本的な心得/態度とは?
 B.プライマリ・ケア医が知っておくべき治療的介入あれこれ
 C.依存/アディクションと自殺予防
 D.おっかない依存症患者から殴られないために
2.家族への援助/介入のコツ
 A.プライマリ・ケア医の立場から
 B.精神科専門医の立場から
3.地域ネットワークを活かす
 A.精神科とプライマリ・ケア医の連携―アルコール健康障害患者を中心にして
  ミニ紙上討論会「断酒か? 節酒か? それが問題だ」
 B.薬剤師との連携
 C.保健師/行政サービスとの連携
 D.ネットワークの実際(実例)紹介
 E.プライマリ・ケア医ならできるアルコール問題への予防介入
 F.知っておいてほしい自助グループと民間リハビリ施設のこと
4.プライマリ・ケア医が知っておくべき司法上の問題
「司法上の問題 Q&A」

コラム 患者・家族からのメッセージ①~⑩

資料
 一般医・救急医・産業医・関連スタッフのためのSBIRTの進め方
 用語集
 各種相談窓口

おわりに

索引
書評
宮道亮輔 先生 (聖路加国際病院救急部)

“「ゆるい指導」は,それを行う医師個人の「マイ人生哲学」に基づくものであって,医学的なエビデンスや妥当性から導かれるものではありません.”
 前文でこの文章を目にしたとき,私は自分の診療態度を見透かされたようでびっくりしました.そして本文を貪るように読み進めました.
 救急外来には,危険ドラッグの使用やリストカットなどで患者さんが日々受診されます.また,入院した患者さんにアルコール離脱症状が出現してびっくりすることもあります.それらの患者さんに自分なりに対応してきたつもりですが,他の疾患や症候について勉強するほどは,依存やアディクションについて勉強したことはありませんでした.まさに「マイ人生哲学」に基づいて診療し,成功や失敗を繰り返してきたのです.
 本書では,アルコールやベンゾジアゼピン系,非向精神薬,OTC薬などの各種薬剤,その他のアディクションについて,診療所や病院,救急外来など,さまざまな状況で働くプライマリ・ケア医と精神科医の思考過程が,根拠をもって示されています.我々が診療において直面する司法上の問題や警察との関係などについても記載されており,実際に患者さんを診る視点で書かれていることが感じられ,とても役立ちます.
 アルコール依存の患者さんやその家族からのメッセージも載っており,医師の何気ない一言が患者さんや家族を苦しめていることを再認識しました.
 依存やアディクションに対応しているが,これまできちんと学んだことがない私のような人には特にお勧めです.また,依存やアディクションの存在に何となくは気づいてはいるが見て見ぬふりをしている人や全く気づいていない人にもお勧めですので,周囲にいたら勧めてみてください.
 本書を読んで,私の中で依存とアディクションへのアンテナが敏感になり,スクリーニングや専門医への紹介へのハードルが下がりました.今日からの診療で活かしていこうと思います.
序文
はじめに ―「見て見ぬふり」から,一歩前進する―

 プライマリ・ケア(PC)や救急の現場で仕事をしていると,依存とアディクションに関する問題に遭遇する機会が,近頃ますます増えてきました.
 その問題の中味は,従来からPC領域でも扱ってきた,ニコチンやアルコールに対する依存だけではありません.いま世間の注目を集めている危険ドラッグを筆頭にして,医師が処方するベンゾジアゼピン系薬,薬局で買えるOTC薬から,病的ギャンブリングやインターネット嗜癖に到るまで,多岐にわたる依存とアディクションを目にする時代となりました.また,1人の患者さんが,複数の依存やアディクションを抱えていることもあります.さらに,依存者に振り回されている家族が心身の不調を訴えて受診されることも,決してまれではありません.
 では,そのような「いまどきの依存とアディクション」に関わる健康問題に対して,現場のPC医や救急医は,どうしているのでしょうか?
 残念ながら,ほとんどのケースは,以下の3パターンのいずれかで処理されています.

① まったく「気づいていない」
② 何となく気づいてはいるが「見て見ぬふり」
③ 「ほどほどにしなさい」といった,曖昧でゆるい指導のみ

 「気づいていない」という状況に陥るのは,PCや救急の現場で,依存とアディクションに関するスクリーニングが日常的に行われていないことによります.依存症は「否認の病」なので,患者さんが依存の実態を隠したり,実際よりも過小に申告したりすることもあるでしょう.
 「見て見ぬふり」という行動をとるのは,「へたに介入すると厄介なことに巻きこまれるのではないか」という危惧によるものですが,そもそも,依存とアディクションに対して,どのように関わればよいのかという心得を,PC医や救急医が全くもち合わせていないことが根本的な要因となっています.
 「ゆるい指導」は,それを行う医師個人の「マイ人生哲学」に基づくものであって,医学的なエビデンスや妥当性から導かれるものではありません.ヒステリックに「ダメ,絶対!」などと説教してしまうのも,効果がないという点では「ゆるい指導」と同じです.そんな介入しかできない原因も,依存とアディクションについての理解が不足しており,関わり方の基本を知らないからであります.
 いざ勉強しようと思い立っても,卒前・卒後の医学教育では,依存やアディクションとの関わり方についてくわしく教えてはくれません.非専門医を対象としたテキストや研修会も,(ニコチン依存症を除けば)ごく少数しか存在しません.依存とアディクションの専門家がどこにいて,どうやって連絡を取ればよいかについて熟知しているPC医は少ないです.
 そこで,精神科を専門としない医師や援助職に対して,「いまどきの依存とアディクション」との関わり方を伝授するためのガイドブックがあれば,これまで述べてきた様々な障壁を乗り越える助けになるのではないかと考えて,本書をつくりました.本書の最大の特徴は,PC領域や救急の現場で実際に診療している身体科医と,依存とアディクションを専門とする精神科医とが,「ともに考える」という構成になっているところです.
 このような独特のスタイルができあがったのは,依存とアディクションに関する臨床のトップランナーである松本俊彦先生からのお声かけによりまして,精神科診療に関心をもつ内科医,PC医らによる学びの共同体であるPIPC(Psychiatry in Primary Care)のメンバーが参集し,当初から本書の企画・編集に深く関わったことによります.
 Part 1では,PC領域や救急の現場で出会う可能性のある,依存とアディクションに関連した「困った」場面を呈示して,PC医・救急医・薬剤師と,精神科専門医が,それぞれの立場から,危機を切り抜け,問題を解消するための道筋について考えます.
 Part 2では,Part 1で示された道筋を,安全かつ的確に進んで行くための基本的な知識と心得について,わかりやすく解説しました.そして,今後ますます重要となる,地域における多職種との連携の実際についても学ぶことができます.
 コラムとして,アルコール依存の当事者と家族のみなさまからの切実な体験談を多数掲載することができました.ゲートキーパーとしてのPC医の役割が重要であると実感できる,貴重な「語り(ナラティブ)」ばかりです.
 巻末資料として,①アルコール問題への介入法であるSBIRTを実践するためのリーフレット,②依存とアディクションに関する用語集,③全国の相談窓口や自助グループのリストを用意しました.①のリーフレットは,アルコール問題に関する多職種連携の先がけである「四日市アルコールと健康を考えるネットワーク」が作成されたものです.このリーフレットに書かれていることを実践するだけで,初学者でもアルコール問題への簡易介入が明日からできるようになるという大変優れたツールですので,ぜひご活用ください.
 なお,ニコチン依存に関する問題につきましては,すでに良書が多数刊行されておりますので,本書では取りあげておりません.
 最後に,PC領域における依存とアディクションへの対処という難儀な課題に対して,真摯な姿勢でご執筆くださいましたPIPCグループのみなさまと,わが国の依存症診療の最前線で奮闘されている専門家でなければ書くことのできない,臨床の知恵や心構えを授けてくださいました精神科医の先生がたに,心から御礼申し上げます.特に,当事者・家族の体験談と,SBIRT実践リーフレットの掲載について,ご提案とご快諾をいただきました猪野亜朗先生(かすみがうらクリニック),本当にありがとうございました.
 本書を読まれたPC医・救急医・援助職のみなさんが,「見て見ぬふり」から一歩前進されて,依存とアディクションの問題にきちんと向き合っていただけるようになれば,目の前にいる患者さんとご家族が幸せになるだけではなく,日本の依存症診療の「構造」も大きく変革されます.そんな日がやって来ることを願ってやみません.

宮崎 仁


おわりに

 本書を読んでくださり,本当にありがとうございます.
 蛇足的な感じではありますが,最後にPC医の先生方にメッセージがありますので,あとしばらくだけ本書とおつきあいください.
 私はアディクション問題を専門とする精神科医ですが,わが国のアディクション医療体制の不十分さに失望してきました.専門病院は少なく,精神科医のなかにもこの問題を扱える医師はきわめて少ない現状があります.ベテラン精神科医はこうした問題を抱える患者を毛嫌いし,若手精神科医に至っては最初から「アウト・オブ・眼中」という感じです.もちろん,少数の専門医は存在し,学会などで顔を合わせることはあります.しかしそのたびに,「俺たち,一種の絶滅危惧種だよね」と自助グループ的な傷のなめ合いに終始し,懇親会では,大抵,翌朝に悔いを残す悪酔いをしています.
 正直いって,こういう立場で精神医学業界を生き延びるのってけっこう大変です.精神科医の多くは,口では「アディクションの問題はまさに現代病で,これからすごく大事になってくる分野だよね」といいまます.でも,絶対に自分はそれに手を出しません.
 実際私も,大学医局の後輩に「きみもアディクションを勉強してみない?」と誘ったことがあります.しかし,そのたびにドラッグの誘いを退ける真面目な高校生さながらの厳しい拒絶に遭遇し,「自分は何か悪い遊びにでも誘ったのだろうか」と悩んだことも,一度や二度ではありません.それから,病院管理者からは日常的に,「うちではあまりそういう患者さんは診てほしくないのだけど……」と婉曲な説教をされていますが,それでいて厄介な患者さんがいると,「先生,アディクションが専門だから,きっとこういう大変な人,診れるよね」と振ってきます.気づくと,体のよい産業廃棄物処理班となっているわけです.
 正直にいいます.失望しているのは,アディクション医療の体制なんかじゃありません.実は精神科医そのものに対してなのです.確かにアディクション専門医を増やそうと真剣に考えた時期もありましたが,もう「土台,無理な話なのだ」と悟りました.そんなときにふっと思いついたのです.「PC医がいるじゃないか」と,つまり先生方のことを思い出したのです.「PC医がプチ専門医になった方が絶対数は多い.だったら,救われる患者さんも増えるのではないか」と.
 え? 無茶ぶり? 先生方はそう思ったでしょうか? でも,案外そうとは限らないですよ.地域医療の現場にはたくさんのアディクション問題が転がっていて,どこまで自覚しているかはさておき,先生方は日常的にこの問題と向き合い,日々格闘しているはずです.泥酔患者やアルコール性肝炎,処方薬や市販薬の乱用,リストカット,ストレス性胃潰瘍の背後にある配偶者の暴力…….
 そう,医療におけるアディクションとは,完全に「common disease」なのです.そして,アディクションは基本的に慢性疾患です.つまり,先生方が日常相手にしている糖尿病や高血圧と同じ生活習慣病なのです.
 何よりもよいのは,一般の精神科医と客層が競合せず,意欲のあるPC医にとって,この領域がビジネスチャンスになる可能性を秘めているということです.そこがうつ病との違いです.精神科医のなかには,PC医がうつ病を診ることに苦言を呈している人も少なくないですが,それが理由のすべてではないにしても,まあ半分くらいは,「うちの客を取るな」という気持ちがあるはずです.でも,アディクションだったら心配ありません.だって,精神科医の多くはアディクションを診たくないと思っていますから.
 そうはいっても,先生方がアディクション患者と向き合っているときに,焦りや不安を感じることもあるでしょう.毎週,毎週,受診しているが,アルコールや薬物が全然切れない.専門医を紹介しても受診を拒み,自助グループに参加することを提案しても生返事ばかりでちっとも行動に移さない.そうすると,さすがに先生方も自問自答をはじめることでしょう.「はたして自分のやっていることは治療なのだろうか,むしろこういう中途半端なかかわりこそが,あの『イネイブリング』という奴ではないのか」と.
 しかし,心配は無用です.アルコールや薬物がとまっていなくても,その問題を心配する援助者との関係性が長く継続していることは,治療関係を中断するよりは予後はよいのです.何よりもまず,治療関係を継続している人の方が,明らかに断酒・断薬率は高いことがわかっています.もちろん,関係が継続していても断酒・断薬できない人だっています.それでも,同じ断酒・断薬できないのであれば,治療関係を継続している患者の方が,「平均余命が長い」,「逮捕される回数が少ない」,「生涯賃金が高い」のです.つまり,治療関係が途切れるよりは継続していた方がはるかにマシなのです.
 これは決して,「漫然とでも患者さんとの関係を続けていればよい」という意味ではありません.重要なのは,「関係が途切れないように,しかし目標を見失わないように」にかかわることです.相手に屈辱感を与えるような頭ごなしの説教や叱責ではなく,共感しながら懸念を伝えることであり,先生のもとに訪れているという事実が含意する両価性――「変化したい気持ち」と「変化したくない気持ち」――について伴走し,一緒に考えることであり,そして,回復のための社会資源に関する具体的な情報を提供することなのです.そのようななかで,患者さんも失敗を繰り返しながら,「変わりたい」という気持ちが強くなっていき,あるとき専門医や自助グループ,民間リハビリ施設につながるチャンスが訪れます.その意味では,アディクション臨床におけるよき治療者とは,サッカーでたとえるならば,「シュートを決める人」ではなく,次の社会資源に「よいパスを出す人」なのだといえるでしょう.
 大丈夫,PC医の先生方ならできます!
 さて,これからアディクション問題と立ち向かうために出陣する先生方へのはなむけとして,二つの提案をさせていただき,私からのメッセージを締めくくりたいと思います.
 一つは,地域に仲間を増やしてほしいということです.アディクション=依存症という用語に含まれる「依存」の反対語は「自立」ですが,この「自立」という言葉の意味は決して,「ひとりで頑張ること」ではありません.脳性麻痺の当事者でもある小児科医 熊谷晋一郎先生も言っているように「依存先を増やすこと」です.
 ここにアディクション臨床の秘密があります.実は,処方薬依存症の患者さんの多くが,援助者を信用せず,援助者に本音を語ることなく,ただ薬だけに頼って心の痛みを押さえようとしてきた結果,依存症に罹患してしまっています.同じように,処方薬依存症を作ってしまう医師もまた治療困難な患者をひとりで抱え込んで,しばしば地域で孤立しています.ですから,地域の保健所や精神保健福祉センター,あるいは民間リハビリ施設との連係,顔と顔とのつながりを大事にして,そういった機関の人たちを「仲間」として支援に巻込みながら,日々の臨床を行ってください.
 もう一つは,アディクションからの回復者と会う機会をできるだけたくさん持ってください.アディクション問題の治療成績のよい援助者に必要な資質は,「患者さんの予後に関して楽観的であること」といわれています.しかし,この「楽観的」がなかなかむずかしいという現実があります.というのも,医療関係者が病院で見るアディクション患者の姿とは,彼らの人生全体のほんの一部分でしかなく,多くは最悪な場面・状況ばかりだからです.その結果,医療関係者の胸のうちには,最悪なイメージだけが蓄積していきます.これでは,到底,「楽観的」になんかしれやしません.
 そこで,地域で開催されている自助グループの「オープン・ミーティング」や,ダルクなどの民間リハビリ施設主催の「フォーラム」に顔を出し,当事者の話に耳をかたむけてみてください.おそらく「え? この穏やかな人が,かつてはそんな破天荒やアル中(もしくはヤク中)だったの!?」と驚くことでしょう.そして,彼らが回復への道へと方向転回するきっかけとなったのは,そのはるか以前から様々な援助者の粘り強さや優しさの積み重ねがあったからであることにも気づけるはずです.こうした体験は,先生方に「どんなにむちゃくちゃであっても,人は変われるのだ」という楽観的な治療観だけでなく,勇気と意欲まで与えてくれるでしょう.
 末尾になりましたが,本書を作成するにあたってお世話になった方々への感謝を述べさせていただきます.
 まず,共同編者の宮崎仁先生をはじめとする,PIPC(Psychiatry in Primary Care)の先生方には,本当にたくさんのアイデアと刺激をいただきました.今回の企画,話をいただいた瞬間からPIPCの先生方とコラボしたい,コラボせずにはやれないと考えておりましたが,その期待をはるかに上回るエネルギーに心より感謝申し上げます.また,執筆者の先生のなかでも,特に猪野亜朗先生からは,非常に意義あるたくさんのご提案をいただきました.この場を借りて深謝申し上げます.
 そして最後に,このような「若気の至り」を集めたような企画に対し,真摯に向き合い,ときに励まし,ときに尻を叩いてくださった南山堂編集部の佃和雅子さま,そして,最初の企画を持ち込んでくださった元・南山堂編集部橘 理恵さまの熱意にありったけの感謝を捧げたいと思います.
 本書が,多くのPC医の先生方にとって日常臨床のお供として役立つとともに,少しでも多くのアディクション問題を抱えるご本人やご家族を救うことを祈念してやみません.

松本俊彦

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