2008年 1版
定価:5,880円(本体5,600円+税5%)
転写制御とエピジェネティクスがゲノムや遺伝子と疾患などの高次生命現象をつなぐ鍵となる現象として注目を浴びている.転写制御にかかわる分子とそのメカニズムをはじめとし,クロマチンの動態やヒストン修飾などの各現象,また幹細胞や心臓などの器官形成,さらには内分泌代謝疾患や癌などの発症機序の背景まで転写制御とエピジェネティクスのトピックスを各領域の第一人者がその基礎から最新の知見まで図表を豊富に用いてわかりやすく解説する決定版.
2003年のヒトゲノム解読宣言に続くゲノム解読作業の迅速化に伴い,各生物種の遺伝子の概数が明らかになりつつある.DNA塩基配列の解読が無限の恩恵をもたらしたことに異論はないであろう.しかしながら,当初の予想に反し,高等生物の複雑さが,遺伝子の数では説明できないことが明白となり,遺伝情報の読み取り(デコード)に再びたいへんな注目が集まっている.
一方で,タンパク質をコードしない遺伝子産物である小分子RNA群の重要性も徐々に明らかにされてきている.デコードプロセスの中心である転写制御に対する理解は,DNAを鋳型にしたRNA産生反応から,この転写反応に至るまでのクロマチン(染色体)環境の整備のしくみにまで,研究の対象が大きく広がってきた.
その結果,ヒストンタンパク質は,さまざまな翻訳後修飾を受け,機能制御のためのエピジェネティックマークがあり,染色体上には一種の位置情報が与えられていることがわかりつつある.またヒストンタンパク質バリアントも見つかった.一方,染色体の微小構造/環境で,可変的な変換がダイナミックに起こっていることもわかりつつある.これらを総称するエピジェネティクスは,生命科学の領域で,いま流行語の感がある.エピジェネティック調節因子のデコードプロセスでの重要性は,遺伝子改変マウスをはじめとした個体レベルでのアプローチでも検証されている.
このような昨今の一段と広がりをみせる転写制御研究の目覚ましい進展は,生命現象全般の理解の根幹の一つであることは自明である.さらに,内分泌代謝やがんなど各種疾患を理解する上でも必須の情報であり,創薬にも欠かせない知識となってきている.加えて再生医学という方面では,万能iPS細胞の望ましい細胞系への分化系譜の分子基盤における理解にも,期待される領域である.複雑な生命活動を包括的に理解するためには,幅広くエピジェネティック調節因子/転写因子の立体構造や機能調節から,それら因子群の高次生命現象における役割まで解明していくことが重要である.
さてこのような著しい進歩が続く状況下で,簡潔かつ俯瞰的に執筆をいただいたわが国を代表する先生方のたいへん貴重な労力にこの場を借りて厚く御礼申し上げたい.限られた誌面で完全にこの研究分野の進展を網羅することは不可能であるが,できる限りの努力をして本書を企画編集した.お蔭さまで編者としてたいへん満足な一冊になった.
今後,本分野を担っていく読者が本書を参考にされ,さらに活発な研究が進められていくことを期待している.最後に本書をまとめるにあたり,企画から刊行まで全面的に協力いただいた南山堂編集部スタッフに感謝申し上げたい.
第I部 総 論
第1章
インビトロ転写からクロマチン転写へ 加藤茂明 藤山沙理
1-1 はじめに ―転写因子研究から染色体構造調節因子研究へ―
1-2 染色体の構造調節と転写制御
1-3 ヒストンコード仮説
1-4 ヒストンタンパク質修飾
1-5 染色体構造調節複合体因子群は複合体を形成する
1-6 おわりに
第II部 染色体構造調節・修飾による転写制御のダイナミクス
第2章
クロマチン構造と遺伝子転写制御 伊藤 敬
2-1 ヌクレオソーム構造とヒストン修飾
2-2 ヌクレオソーム形成
2-3 細胞周期の間期クロマチン
2-4 遺伝子の転写開始とヌクレオソームの再構築
2-5 遺伝子転写と肝臓の再生におけるヒストンH2Aの脱ユビキチン化
第3章
ヒストンとヒストンシャペロン 加藤広介 永田恭介
3-1 はじめに
3-2 ヒストン
1.ヒストンの構造
2.ヒストンの生理的な意義
3.ヒストンバリアント
4.ほかの塩基性クロマチン関連タンパク質
3-3 ヒストンシャペロン
1.H3/H4ヒストンシャペロン
2.H2A/H2Bヒストンシャペロン
3.リンカーヒストン(H1)シャペロン
3-4 おわりに
第4章
染色体境界領域の構造と機能 井倉 毅 五十嵐和彦
4-1 染色体ドメイン
1.染色体転座とヘテロクロマチン
2.LCR(locus control region)
4-2 染色体ドメインの形成機構
1.インシュレーターによる染色体境界制御
2.ヒストン置換によるクロマチンボーダー形成
3.Negotiable border
4.核内配置とクロマチンボーダー制御
4-3 おわりに
第5章
転写干渉―非コードRNAがかかわる新たな転写制御機構― 稲垣 幸 塩見春彦
5-1 転写干渉とは
5-2 出芽酵母におけるCUT(cryptic unstable transcripts)による転写干渉
1.SRG1(SER3 regulatory gene 1)
2.IME4アンチセンス転写産物
3.PHO84アンチセンス転写産物
5-3 哺乳類における転写干渉
1.マウスTsixによるXistの転写干渉
2.ヒトジヒドロ葉酸レダクターゼ遺伝子DHFRの転写干渉
5-4 ショウジョウバエbithoraxoid(bxd)による転写干渉
5-5 出芽酵母 Isw2 によるクロマチンリモデリングを介した転写制御 5-6 おわりに
第6章
RNAiを介したヘテロクロマチン形成の分子機構 村上洋太
6-1 ヘテロクロマチンの構造と機能
6-2 分裂酵母ヘテロクロマチン形成機構
6-3 RNAiに依存したヘテロクロマチン形成
1.全体像
2.ヘテロクロマチンでのncRNAの転写
3.RITS複合体のncRNAへの結合と二本鎖RNA合成
4.転写とsiRNA合成の共役
5.siRNA合成とRITSへの取り込み,そしてヘテロクロマチンへのターゲティング
6.細胞質でのsiRNA合成
7.ヘテロクロマチン化
8.ヘテロクロマチンによるサイレンシング
6-4 ほかの生物種でのRNAiによるヘテロクロマチン形成
第III部 エピジェネティクスによる転写制御
第7章
ヒストンコードと転写制御 石井俊輔
7-1 はじめに―転写制御因子研究の流れ―
7-2 ヒストン修飾の部位と酵素
7-3 修飾部位に結合する特異的制御因子
7-4 転写制御の一過性と持続性
7-5 ヒストン修飾のダイナミクス
7-6 おわりに―残された課題―
第8章
生殖細胞分化とエピジェネティクス 平澤竜太郎 佐々木裕之
8-1 はじめに
8-2 生殖細胞への分化決定と生殖細胞の発生
1.生殖細胞への分化決定とその維持
2.初期のPGC分化におけるゲノムワイドなエピジェネティック変化
3.生殖隆起へ移動後のPGC特異的な遺伝子のエピジェネティック制御
8-3 ゲノムインプリンティングの消去と確立
8-4 生殖細胞におけるレトロトランスポゾンの抑制
8-5 減数分裂のエピジェネティック制御
1.減数分裂前期におけるヒストンメチル化酵素の役割
2.卵細胞の成熟と減数分裂期の染色体の分離におけるヒストン脱アセチル化
8-6 生殖細胞における性染色体のエピジェネティクス
1.雌の生殖細胞におけるX染色体の再活性化
2.減数分裂期の性染色体不活性化のメカニズム
8-7 配偶子形成におけるエピジェネティックな変化
8-8 おわりに
第9章
ポリコーム群によるエピジェネティックな転写制御 古関明彦
9-1 細胞記憶とは?
9-2 ポリコーム群とは?
9-3 ポリコーム群の作用発現メカニズム
1.PRC2の構造と生化学的特性
2.PRC1の構造と生化学的特性
3.ポリコーム群応答領域(PRE)
9-4 哺乳類の発生過程におけるポリコーム群の役割
1.形態形成と細胞分化
2.モノアレリックな遺伝子発現
3.幹細胞機能の維持
第10章
ヒストン修飾酵素群の転写制御機構 駒井 妙 眞貝洋一
10-1 はじめに
10-2 リシン残基のメチル化
1.H3K4 メチル化
2.H3K36 メチル化
3.H3K79 メチル化
4.H3K9 メチル化
5.H3K27 メチル化
6.H4K20 メチル化
10-3 リシン残基の脱メチル化
1.LSD1 ファミリー
2.JmjC ファミリー
10-4 アルギニンのメチル化修飾
1.アルギニンのメチル化
2.アルギニンの脱メチル化
10-5 おわりに
第11章
DNAメチル化と転写制御機構 日野信次朗 中尾光善
11-1 DNA メチル化の意義
1.哺乳動物ゲノムにおける DNA メチル化
2.DNA メチル化とクロマチン構造
11-2 DNAメチル化を導入する機構
1.Dnmt
2.Dnmtを誘導する分子
11-3 DNAメチル化と遺伝子発現制御
1.MBDファミリー
2.Kaiso ファミリー
3.SRAドメインタンパク質
11-4 おわりに
第IV部 転写制御にかかわる分子群
第12章
基本転写因子による転写開始の分子機構 大熊芳明
12-1 RNAポリメラーゼII
12-2 コアプロモーター
12-3 基本転写因子
1.ヌクレオソームによる遺伝子発現制御
2.TFIIDはプロモーターを認識する巨大複合体である
3.TFIIBはPolIIの正確な転写開始点を既定する
4.TFIIFはPolIIを転写開始複合体へとエスコートする
5.TFIIEは転写開始と伸長への移行段階で機能する
6.TFIIHは自身の酵素活性でPolIIを制御する
12-4 おわりに
第13章
転写伸長制御の分子機構 山口雄輝 半田 宏
13-1 はじめに
13-2 生化学的解析から明らかとなった転写伸長制御機構
13-3 伸長制御の生物学的役割
1.前初期遺伝子の伸長制御段階における発現制御
2.ウイルス増殖における転写伸長因子の役割
3.発生・分化過程における伸長制御の役割
13-4 転写伸長とmRNAプロセシングの共役
1.mRNAプロセシングにおけるリン酸化CTDの役割
2.ヒストン遺伝子の特殊な3´プロセシングにおけるNELFの役割
13-5 展 望
第14章
転写制御因子の分子構造と作用機構 緒方一博 浜田恵輔
14-1 はじめに
14-2 転写制御因子の分子構造
1.HTHモチーフを有するDBD
2.C2H2型Znフィンガー
3.C4型GATA Znフィンガー
4.C4型Znをもつ核内受容体
5.C6型Znクラスター
6.塩基性領域を有するDBD
7.MADSボックスを有するDBD
8.免疫グロブリン(Ig)様フォールドを有するDBD
9.HMGボックス
14-3 エンハンサー上での特異的な転写制御因子会合体形成機構とその役割
14-4 おわりに
第15章
核内受容体によるクロマチン転写の分子機構
加藤茂明 藤木亮次 大竹史明
15-1 はじめに
15-2 核内受容体の構造と機能
1.脂溶性リガンドと核内受容体
2.核内受容体領域構造と機能
3.リガンド誘導性転写制御因子としての核内受容体
15-3 絶食に応答するヒストンH3K9脱メチル化酵素によるFXR転写共役活性化
1.FXRの生理機能
2.新規FXR転写共役因子の同定
3.PHF2は,H3K9脱メチル化を介し,リガンド未結合FXRを活性化する
4.グルカゴンによるリン酸化のPHF2酵素活性制御
15-4 糖付加により活性化されるヒストンメチル化酵素と
レチノイン酸による血球分化
1.レチノイン酸による血球分化
2.新たなヒストンメチル化酵素の生化学的同定
3.MLL5のH3K4のメチル化には,核内糖修飾が必須である
4.MLL5の核内糖修飾によるRA細胞分化誘導増強
15-5 おわりに
第V部 発生と転写制御
第16章
環境応答と転写因子 鈴木隆史 山本雅之
16-1 環境応答と転写因子
1.低酸素ストレスに対するHIF-1α-HRE系
2.多環芳香族化合物に対するHIF-1α-XRE系
3.酸化ストレス・新電子性物質に対するNrf2-ARE系
16-2 Nrf2の標的遺伝子
16-3 Nrf2の分子構造
16-4 Nrf2活性化ストレス
16-5 Keap1によるNrf2抑制機構
16-6 ストレスセンサーとしての Keap1
16-7 Nrf2 活性化メカニズム
1.2つの部位による基質認識モデル
2.蝶番とかんぬき(閂)モデル
3.Keap1による応答メカニズムの多様性
16-8 疾患予防と Nrf2-Keap1 システム
16-9 Nrf2-Keap1と疾患のかかわり
1.Nrf2の遺伝子多型解析
2.肺がん細胞におけるKeap1体細胞変異
第17章
性決定・性分化における転写カスケード 諸橋憲一郎
17-1 生殖腺の発生
17-2 生殖腺の雄化に必要な遺伝子
1.セルトリ細胞
2.ライディッヒ細胞
17-3 生殖腺の雌化に必要な遺伝子
17-4 生殖腺の形成に必要な遺伝子
第18章
エネルギー代謝と転写制御―糖新生制御の分子メカニズム― 廣田恵子 深水昭吉
18-1 はじめに
18-2 絶食・摂食における代謝制御
18-3 糖新生律速酵素群の転写制御機構
1.CRTC2のリン酸化・ユビキチン化制御
2.PGC-1αのアセチル化制御
3.FoxO1を介した HNF-4 のインスリン依存的転写制御機構
18-4 おわりに
第19章
骨軟骨形成と転写カスケード 小守壽文
19-1 骨・軟骨の形成
1.骨のでき方と軟骨の種類
2.骨格系形成細胞への分化
19-2 軟骨細胞分化と転写制御
1.軟骨細胞の初期分化制御機構
2.軟骨細胞の後期分化制御機構
3.ネガティブフィードバック機構による軟骨細胞の成熟調節
19-3 骨芽細胞分化と転写制御
1.Runx2 による間葉系幹細胞から骨芽細胞への分化
2.Sp7 と Wnt シグナルによる骨芽細胞形質の獲得
3.後期骨芽細胞分化と骨の成熟
19-4 Runx2の制御
1.Runx2の発現制御
2.Runx2の転写活性化能の制御
19-5 骨形成にかかわるほかの転写因子の役割
1.Msx1 と Msx2
2.Dlx5とDlx6
3.Twist
4.AP-1
5.ATF4
6.Krox-20とSp3
7.Sox4
第20章
多能性を規定する転写因子群―人工多能性幹細胞の樹立―
中川誠人 山中伸弥
20-1 はじめに
1.ES細胞の再生医療への応用
2.リプログラミング
20-2 ES細胞の多能性を規定する転写因子群
1.Oct3/4
2.Sox2
3.Nanog
4.LIF/STAT3
5.Klf4
6.c-Myc
20-3 人工多能性幹細胞(iPS 細胞)の樹立
1.iPS 細胞樹立に向けた転写因子群の候補の選定
2.体細胞からの多能性幹細胞の樹立
20-4 まとめ
第21章
心臓形成と転写因子ネットワーク 塩島一朗 小室一成
21-1 はじめに
21-2 ショウジョウバエと脊椎動物の心臓発生過程
21-3 心臓発生に関与する主要な転写因子
1.Csx/Nkx2-5とTinman
2.GATA-4,GATA-5,GATA-6とPannier
3.Mef2cとD-Mef2
4.Tbx5とDorsocross
5.Hand1/eHandとHand2/dHand
6.Islet-1
21-4 予定心臓領域を誘導する因子
1.BMP
2.WgとWnt
21-5 心臓発生における転写因子ネットワーク
21-6 ヒトの先天性心疾患と “core regulatory network”
第VI部 転写制御がかかわる疾患
第22章
糖尿病関連転写因子 山縣和也
22-1 はじめに
22-2 HNF-1α
22-3 HNF-4α
22-4 PDX-1
22-5 HNF-1β
22-6 TCF7L2
22-7 PPARγ
22-8 おわりに
第23章
内分泌疾患としての転写共役因子病 柳瀬敏彦
23-1 はじめに
23-2 ステロイドホルモン受容体作用機構
23-3 内分泌領域における転写共役因子関連病態
1.ルビンシュタイン・テイビ症候群(RTS)
2.アンドロゲン不応症(AIS)
3.複合ステロイドホルモン不応症
4.レフェトフ症候群
5.TRAP複合体関連病態
6.ホルモン依存性がん
7.肥満,メタボリックシンドローム
23-4 おわりに
第24章
ホルモン受容体変異と内分泌疾患 佐藤哲郎 森 昌朋
24-1 ホルモン受容体の構造分類
1.7 回膜貫通型受容体 G タンパク質共役型受容体(GPCR)
2.1回膜貫通型受容体
3.核内ホルモン受容体(NR)
24-2 ホルモン受容体異常症の分子発症機序
1.細胞膜型ホルモン受容体異常症
2.核内受容体異常症
24-3 細胞膜型ホルモン受容体異常症を来す遺伝子変異
1.7回膜貫通型受容体異常症
2.1回膜貫通型受容体異常症
24-4 核内ホルモン受容体異常症
1.サブファミリー 3 核内受容体異常症
2.サブファミリー1核内受容体異常症
3.その他の核内受容体異常症
第25章
ホルモン依存性がんと転写カスケード 池田和博 井上 聡
25-1 はじめに
25-2 性ステロイドホルモン受容体の作用機構
25-3 ホルモン依存性がんと内分泌療法
25-4 ステロイドホルモン標的遺伝子と転写カスケード
25-5 おわりに
第26章
腫瘍化と転写シグナル 井上靖道 今村健志
26-1 はじめに
26-2 p53経路と発がん
1.ゲノムの守護神
2.p53 タンパク質の構造と活性制御
3.転写因子としての機能
26-3 RB経路による細胞周期制御
1.RB遺伝子
2.p16INK4aとp14ARF
3.がんにおけるRB経路の異常
26-4 増殖シグナルの恒常的活性化による腫瘍化
1.Rasの活性化
2.PI3K/Akt の恒常的活性化
3.STATの恒常的活性化
26-5 増殖抑制シグナルの破たんによる腫瘍化
26-6 おわりに
和文索引
欧文索引